『大日本史料』 8編 18 文明18年正月~同年8月 p.778

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の者政務を爭ひ、讒言眞を亂、讒者の糺明も有へろらず、唯忠孝の下に死, を給り、衰老の尸を晒さん事、何のいたみ有へきとて、兎角の謝諫にも不, 記ニ有之、, 言ゆへ、百年の命を失ふ、彼大納言右大史朝に恩を受て、夕に死を給ると、, 白居易か書しも理や、昔晋の石季倫か、緑珠か讒故に亡されて、金谷の花, を被向て、道灌を退治し給ふ、山内殿顯定も鉢方之城ゟ御加勢として、高, 覺軍法の故實有とて、定正へ被召出、團扇を預け軍奉行となし給ふ、扨川, と散しもかくやと云ぬ人もなし、道灌公の馬〓に、齋藤加賀守は分別才, 谷へ如何そと評定有、定正大に驚、事寔ならは一家不和の基也、國土亂逆, 見原迄御旗を出さもたり、唯忠のみ有て咎なかりたる道灌公、一朝の讒, の端也と、度々專使を被遣しかは、嗟豎子不足與謀、近年當家こ無才庸愚, 及、依之讒言〓なきは、文明十八年七月廿六日、扇谷定正相州糟屋へ御馬, 御出之時、曾我兵庫と云者の太刀に〓倒さもなろら、當家滅亡と御最期, 一太田安房守殿状こ云、道灌公御死去の正説は、風呂屋こ而風呂の小口を, 越へは曾我兵庫頭を籠られ、江戸の城こは曾我豐後守居城しらる、東亂, 文明十八年七月二十六日, 七七八

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  • 七七八

注記 (17)

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