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五本骨の扇を納め奉り、御寶前の嚴飾にも、みな扇の繪に書たり、神祕の事, り、此道灌をは、世人太公望か再來と云へり、されは文明八年丙申四月廿三, 五日に、平塚の城の敵七百餘騎を五十餘騎にて責落し、伐頸事三百餘、同十, 一年己亥七月十五日、下總國白井城を責しにも、鵠臺に初構城、七十餘騎に, とて、三十餘箇寺竝甍へたり、かゝる砌に建られたる城なれは、勇々敷かり, 日豐島合戰に、敵二百餘騎を五十騎にて、平塚の軍に討勝、同十年戊戌正月, 明神と一體にて、武州神奈川、品川、江戸、何も此神を祝ひ奉る、或人の云、平親, 王將門の靈を、神田明神と奉崇とかや、又城東淺草寺は、推古天皇御宇定居, 二年戊子に建立せり、佛法最初の靈場にして、關東無雙効驗掲焉の觀音な, と申す、何の御代より御垂跡ありて、如何成靈感之故やらん、御神體は、銅の, し事共也、或記曰、文明年中、道灌江戸城にも、河越の如くに、仙波の山王を城, は不知共、風を靡かし、炎蒸を去なれは、如何よふ、此城より靈場之北院、中院, て二百餘騎を責落す、文明十五年癸卯十月五日、上總長南城を責落したり, 社に視へ、津久戸明神を崇め給、又神國の牛頭天王洲崎大明神は、安房洲崎, の鎭守に崇め、三芳の天神を平河へ移し給ふ、文明十年戊戌六月五日、日河, 文明十八年七月二十六日, 戸明神, 江戸津久, 鴻ノ臺城, 文明十八年七月二十六日, 七五八
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- 戸明神
- 江戸津久
- 鴻ノ臺城
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- 文明十八年七月二十六日
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- 七五八
注記 (21)
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