『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.391

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心感す、仍て影身を放れす、弓矢の力を添守る也、此度阿州の軍は物の數に, あらす、一戰に勝利を得て、四國悉く手裏に入事、今明年の間を過す、かまへ, 弓矢太刀刀を獻しける間、社壇に充滿て、塚の〓くに積上たり、, 打立んと勇み進む事限なし、元親悦の餘りに、卯花威の鎧一領、金作の太刀, 等は見も聞もせぬ事の不思議さよと宣へは、諸軍勢承り、是は希代の珍事、, 扨は神慮に叶給ふ大將也、今に四國の主に成給ふへしと、始の心を引替、早, 一振、寶殿に納られけれは、家老の面々を始、諸士以下相順ふ輩、我も々々と, けたかお御聲にて、汝父祖の志を繼、箕裘を業として家を興さんとす、其孝, て疑ふ屋からすと神勅有て、則社壇に入せ給ふ也、是程まのあたり成を、汝, 打出たり、三好隼人正存保是を聞て、五千餘騎を率し、勝興寺表に本陣を堅, め、三好備前守二千餘騎先陣として中富に出向ふ、敵川を越來らは、其半途, 凝しける所に、社壇の御戸自開け、衣冠正しき御粧にて立出させ給ひ、妙聞, 正十八年八月廿六日、一宮夷山に押の勢を置、兩城の間を押通、黒田の原へ, 斯て元親一宮を立て、直に阿州へそ向はれける、其勢都合二萬三千餘騎、天, 中富川合戰之哀, ヲ蒙ル, 元親神託, 天正十年八月二十八日, 三九一, 天正十年八月二十八日

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  • ヲ蒙ル
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  • 天正十年八月二十八日

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  • 三九一
  • 天正十年八月二十八日

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