『大日本史料』 6編 15 観応2年5月~正平6年12月 p.897

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〓ゝいま、大しん乃つほねかこと、うけ給り候、これは、こきやうヂの少の、い, をほしめされ候て、よきやうに、御心ニ入させをはしまして給候はゝ、よ, は、心へてたのみ入あいらせ候、なに事にも、いつれの御方も、御ふひんに, ゝ、悦入候へく候、しやうけむ、いまたをさなく候て、をやにもそい候はね, 郎光泰乍甥爲養子、所讓渡也、更不可有他妨、將又公驗少々相副之、, ひ、まいらせ候へ之〓候、よきやうに御はからひりたらををはしまし候は, 後證讓状如件、, みちや〓う候へく候、, 猶〳〵御返事にしたかひまいらせ候へく候、なにともをほをにしたか, 東寺百合文書, 播磨國矢野庄重藤名地頭職、并公文以下所職等者、範長爲相傳私領、帶關東, 六波羅御下知御下文、知行所無相違也、而於拾陸名并公文職者、飽間齋藤九, 觀應二年三月廿一日範長, 〔東寺百合文書〕, 貞和七年三月十八日, 重兼(花押), 僞, 貞和七年三月十八日重兼(花押〕, 判, (武光), さ五十下之五十七, 紙在之, ○山城, 目録別, ○山城, し八, (爲カ), 若狹太良, 飽間光泰, 名地頭職, 野莊重藤, ニ播磨矢, 庄讓状, 範長養子, 等ヲ讓ル, 南朝正平六年北朝觀應二年雜載, 八九七

割注

  • さ五十下之五十七
  • 紙在之
  • ○山城
  • 目録別
  • し八
  • (爲カ)

頭注

  • 若狹太良
  • 飽間光泰
  • 名地頭職
  • 野莊重藤
  • ニ播磨矢
  • 庄讓状
  • 範長養子
  • 等ヲ讓ル

  • 南朝正平六年北朝觀應二年雜載

ノンブル

  • 八九七

注記 (37)

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