『大日本史料』 6編 20 文和4年9月~延文元年11月 p.850

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も、大橋流といふも、何も皆御家流より出たるものなり、親王は前にいへる, を別に尊圓流といふ名を立ていふものあり、其本元を辨へざる誤りなり、, こりがなるは、あさましき事ぞかし、神を得るに至りては、天地の間唯一な, るを世に御手の勝れさせ給へるをのみたゝへ奉るは、あかぬわざになむ、, 同じ法りなる事をさとし給ひ、しかもいと武くまし〳〵て、さばかり勢ひ, とは大に違ひたり、それは神靈ある事を知らざるゆゑなり、瀧本流といふ, 如く、王羲之を學び給ひ、其骨髓を得給へり、されば眞の唐樣といふは此事, く御心のぬけ出まし〳〵しゆゑ、御手も勝れさせおはしましゝにこそ、さ, されど今世に御傳を知らで御家流と稱ふるものあり、是は親王の御筆跡, たけかりつる北條家をいたくいましめ仰遣されし御文などありとぞ、か, なり、又眞の和樣といふも是なり、今世に行はるゝ唐樣は唐樣にあらず、和, るものなり、此親王は、舍人親王をしたひ給ひ、神道を尊ひ給ひて、神道筆道, 樣は和樣にあらず、皆おのれ〳〵が私事にて、しかも他をそしり、おのれほ, いと〳〵かしこけれど、太祖尊圓親王より、わが師高田先生まで御傳, 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日, ○中, 幣, 舍人親王, 學ビ給フ, 道ヲ尊バ, 王義之ヲ, ヲ慕ヒ神, ル, 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日, 八五〇

割注

  • ○中

頭注

  • 舍人親王
  • 學ビ給フ
  • 道ヲ尊バ
  • 王義之ヲ
  • ヲ慕ヒ神

  • 南朝正平十一年北朝延文元年九月二十三日

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  • 八五〇

注記 (25)

  • 1416,643,60,2228も、大橋流といふも、何も皆御家流より出たるものなり、親王は前にいへる
  • 1799,642,58,2245を別に尊圓流といふ名を立ていふものあり、其本元を辨へざる誤りなり、
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