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より供奉して來れる人の子孫なれは、安詮院は、宇佐郡の地名なるへし、安, 經景と共に、豐前にて、度々合戰したりしこと、城井文書に見えたれは、これ, 問たらは、しりたる人もあるへし、, 院氏にて、件八幡宮は、宇佐より勸請申たる御やしろにて、右の社司は、宇佐, るへき、愛智左馬介義成は、氏經より差向し大將なれは、京より氏經の手に, の人見えて、安詮院に作れり、玉名郡伊倉の八幡宮の社司か家、昔より安詮, も豐前國の御家人にてありしなるへし、守護代は、當時豐前の守護、誰なり, 屬して、下りたる人のやうにも見えたれとも、氏經か上洛の後にも、宇都宮, しとも考へかたけれは、まして守護代はしらるへきにあらす、國人なとに, さたかならす、長野文書の中にも、此美濃守か事にはあらされとも、此名字, 詮院を社司か家にて、あじぶととなふれとも、もとはあじゐといひたるを、, 比よりあぜんとはいはて、あじゐといひしより、かくは書なしたるにそあ, 後にゐをふと、となへ誤りたるなるへし、されは安詮を、安心とかけるも、其, 〔征西將軍宮譜〕九宇都宮大膳亮は、因幡守公景か子、經景也、安心院は、家, 〔參考〕, 南朝正平十八年北朝貞治二年正月十八日, 安心院ハ, ラズ, 家系明ナ, 南朝正平十八年北朝貞治二年正月十八日, 八六六
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- 安心院ハ
- ラズ
- 家系明ナ
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- 南朝正平十八年北朝貞治二年正月十八日
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- 八六六
注記 (21)
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