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十年正月十六日、温泉山に陣を取、合戰の事あり、, 耳有白蛇なり、時に元祿十五年源義行, 高繩權現祠あり、俗に天神森と名く、又横谷と云所に寺あり、高繩寺と號く、, 細川頼之に屬して、此城と籠たり、此時南朝の御方に、河野通朝世田城にて, よりて、此山に居住せしよりと、高繩山と名くと、豫陽盛衰記に見えたり、河野, 觀音像を安置す、高繩觀音是なり、, 自〓し、其子徳若丸世田城を落て、惠良城に入、元服して通堯と名く、正平二, 惠良城墟下難波村の山上にあり、望月六郎左衞門と云人の城跡なり、其, 家累代の城地なり、此所河野郷なれは、河野氏と稱るなるべし、, 後河野十八將の一人得居半右衞門、これを守ると云り、, 得て、主とし再興す、勤行師は、石手寺瑞岩僧都なり、後世正、五、九月の十五日, 高繩山越智氏の祖高繩ト云人、三島明神の神託に, 山頂に, 大空城墟齋院村岩子山に在り、大祝與三郎と云者、, 〔愛媛面影〕, 神靈を古城の南に拾ひ, に參詣す、, 〔愛媛面影, 南朝正平二十年北朝貞治四年正月二十七日, 〔愛媛面影〕温泉郡, 愛媛面影〕温泉郡大空城墟齋院村岩子山に在り、大祝與三郎と云者、, 安田又之丞, 竹奉行役、, ○下, ○中, 風早郡, 略, ○下, 略, 略, 三, 温泉郡, 大空城墟, ノ靈ヲ祀, 高繩山, 河野通直, 惠良城〓, 南朝正平二十年北朝貞治四年正月二十七日, 七一〇
割注
- 安田又之丞
- 竹奉行役、
- ○下
- ○中
- 風早郡
- 略
- 三
- 温泉郡
頭注
- 大空城墟
- ノ靈ヲ祀
- 高繩山
- 河野通直
- 惠良城〓
柱
- 南朝正平二十年北朝貞治四年正月二十七日
ノンブル
- 七一〇
注記 (39)
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