『大日本史料』 6編 32 応安3年3月~応安3年12月 p.301

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寺僧云、此大黒天ハ本朝二躰ノ尊像也、一躰ハ叡山ニ有リ、カケ出ノ像ト稱テ、御, 此御歌二十一代集の内、新後拾遺倭歌集雜龝の部の十葉目にあり、上人當寺におはしけ, るころより、毎歳霜月廿五日に百韵の連歌あり、滿座の後鎭守の前にて神樂を奏しぬ、, 鳴海かた夕浪千鳥立歸り友呼續のはまになくなり, 當寺の縁起も燒失すといへとも、いさゝか楮尾にのこりしを拾ひ集て略縁起となしぬ、, 〔張州雜志抄〕, 張州志略云、等持院殿源尊氏公祈願道場、, 寺記曰、多門天像者、自龍宮出現之靈像、大黒天者、傳教大師所寄附也、, 在神戸、時宗、屬京師金蓮寺、, 兀應元年營建、, 南無阿彌陀佛, 正徳六丙申3二月朔日, 正徳六丙申歳二月朔日龜井山圓福寺, 門、東面、本殿、東面、安彌陀立像、, 脇、, 開基、元應元年云々、海邦名勝志, 五十五熱田寸院二, 云、往昔天台傳教大師開基云々、, 龜井山圓福寺, 多門天、, 所造, 大黒天、, 二代他阿上人直弟淨阿上人, 傳教, 尾陽雜記云、一遍上人弟子, 醍醐御, ○張州雜志抄, 九十三代後, 扇宇東藤子書トアリ、, 五十, 張行ス, 百〓連歌ヲ, 毎歳霜月二, 南朝建徳元年北朝應安三年九月二十八日, 三〇一, 嚴阿上人

割注

  • 開基、元應元年云々、海邦名勝志
  • 五十五熱田寸院二
  • 云、往昔天台傳教大師開基云々、
  • 龜井山圓福寺
  • 多門天、
  • 所造
  • 大黒天、
  • 二代他阿上人直弟淨阿上人
  • 傳教
  • 尾陽雜記云、一遍上人弟子
  • 醍醐御
  • ○張州雜志抄
  • 九十三代後
  • 扇宇東藤子書トアリ、
  • 五十

頭注

  • 張行ス
  • 百〓連歌ヲ
  • 毎歳霜月二

  • 南朝建徳元年北朝應安三年九月二十八日

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  • 三〇一
  • 嚴阿上人

注記 (36)

  • 295,833,60,2116寺僧云、此大黒天ハ本朝二躰ノ尊像也、一躰ハ叡山ニ有リ、カケ出ノ像ト稱テ、御
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