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に土阜あり、其上に古櫻一株あり、數百年の物にして、半死の老木なり、其圍, し、中古以來境外なりしか、近年宮内省所轄となり、大に修理を加へらる、中, わつかに殘れり、僧正遍照、いにしへは良峯宗貞と云しか、元慶年中に僧正, 本寺の西南方二町餘の處にありて南面す、舊時は境内に屬せしものゝ如, 僧正遍昭所住木津の里、向觀音寺是なり、肖柏, 遍昭塚在花山寺南二町許、人家西畠間、巡有枋樹, 也、斯寺有塔及木像、相傳像所自刻也、, に補せられ、此寺に住し給ふとそ、, 集に出る末の露もとのしつくの詠歌は、木津の橋のほとりにてよみし歌, 僧正遍昭塔在山科元慶寺、良峯宗貞奉悲仁明, 僧正遍照古跡洛の西廣澤の西北の遍照寺是也、今日, 〔京都府寺志稿〕, 華頂山元慶寺開基僧正遍照墓, 天皇崩、剃髮爲僧住斯寺、遂爲僧正、且得和歌之名、墨染櫻之詠歌、奉悼天皇者, 〔京羽二重〕, 也と、, 〔雍州府志, 〔山州名跡志〕, 〔京羽二重織留〕, 數本、, 〔京羽二重織留〕所佳地僧正遍昭所住木津の里、向觀音寺是なり、肖相, 寛平二年正月十九日, 十四, 陵墓, 宇治郡, 宇治郡, 十陵墓門, 十六, 所住地, 舊地, 二, 十, 墓ヲ修ス, 遺像, 遺跡, 寛平二年正月十九日, 墓又, 二九五
割注
- 十四
- 陵墓
- 宇治郡
- 十陵墓門
- 十六
- 所住地
- 舊地
- 二
- 十
頭注
- 墓ヲ修ス
- 遺像
- 遺跡
柱
- 寛平二年正月十九日
- 墓又
ノンブル
- 二九五
注記 (38)
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