『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.562

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

村ノ御舊跡、五智ノ門ノ向ヒ三四町ユキテ大場村ト云フ在所ノ西ニアリ、, 此所スナハチ高祖聖人左遷ノ御配所ト見ヘタリ、其地景ヲミルニ、後ハ叢, 御影像マシマス、此後ノ山ニ鏡ノ池ト云アリ、コレモ御舊跡ナリ、同所大場, 遍か子なり、今按するに當村は比叡山千僧供料なり、, といふなりと、正慶年中囘禄の難にかゝつて寺焦土となんぬと云々、今村, る大なる塚なり、いにしへ土御門院の御宇、法然上人弟子住蓮坊安樂坊誅, 千の衆僧を供養し、法事を修する事七日七夜、其後此所を號して千僧供村, 罰せらるシ死體を埋る塚なり、元祿二年の比、村老一ツの墓を建、嘗て法然, 津梁院ノ境内ニ有、則二間四面ノ堂有、, 老に問に、安樂寺住蓮池の跡を知るものなし、住蓮房姓は源、頼親か苗裔實, 念佛專修の法を興行す、國制あけてこれを誡、住蓮安樂身命を抛て修す、つ, 樂寺と號し、池を設て住蓮池と呼、蓋し二僧の勸業の厚をしたふとなり、一, ゐに此所におツて二僧を誅す、土俗或云、後代二僧の爲に一寺を草創し、安, 林ノ嶺ソビヘ、前ニハ深淵ノ沼左右ヲ挿ム、中ニ山脚ノ狹地十歩ニタラズ, タマヘリ、其御舊跡國分寺, 〔親鸞聖人遺蹟記〕ニ越後國頸城郡國府竹内、此所ニ高祖聖人暫住シ, 天台宗, 五智如來, ノ遺跡, 住蓮池, 安樂寺, 親鸞配流, 越後國分, ノ墓, 住蓮安樂, 寺, 承元元年二月十八日, 五六二

割注

  • 天台宗
  • 五智如來

頭注

  • ノ遺跡
  • 住蓮池
  • 安樂寺
  • 親鸞配流
  • 越後國分
  • ノ墓
  • 住蓮安樂

  • 承元元年二月十八日

ノンブル

  • 五六二

注記 (28)

  • 390,649,66,2232村ノ御舊跡、五智ノ門ノ向ヒ三四町ユキテ大場村ト云フ在所ノ西ニアリ、
  • 274,653,69,2219此所スナハチ高祖聖人左遷ノ御配所ト見ヘタリ、其地景ヲミルニ、後ハ叢
  • 507,653,65,2213御影像マシマス、此後ノ山ニ鏡ノ池ト云アリ、コレモ御舊跡ナリ、同所大場
  • 860,649,59,1583遍か子なり、今按するに當村は比叡山千僧供料なり、
  • 1096,656,61,2209といふなりと、正慶年中囘禄の難にかゝつて寺焦土となんぬと云々、今村
  • 1800,651,63,2208る大なる塚なり、いにしへ土御門院の御宇、法然上人弟子住蓮坊安樂坊誅
  • 1214,647,61,2216千の衆僧を供養し、法事を修する事七日七夜、其後此所を號して千僧供村
  • 1683,646,62,2216罰せらるシ死體を埋る塚なり、元祿二年の比、村老一ツの墓を建、嘗て法然
  • 627,1734,61,1144津梁院ノ境内ニ有、則二間四面ノ堂有、
  • 976,647,63,2219老に問に、安樂寺住蓮池の跡を知るものなし、住蓮房姓は源、頼親か苗裔實
  • 1566,652,62,2200念佛專修の法を興行す、國制あけてこれを誡、住蓮安樂身命を抛て修す、つ
  • 1330,648,62,2190樂寺と號し、池を設て住蓮池と呼、蓋し二僧の勸業の厚をしたふとなり、一
  • 1449,660,61,2197ゐに此所におツて二僧を誅す、土俗或云、後代二僧の爲に一寺を草創し、安
  • 158,655,67,2220林ノ嶺ソビヘ、前ニハ深淵ノ沼左右ヲ挿ム、中ニ山脚ノ狹地十歩ニタラズ
  • 624,667,59,763タマヘリ、其御舊跡國分寺
  • 717,617,104,2243〔親鸞聖人遺蹟記〕ニ越後國頸城郡國府竹内、此所ニ高祖聖人暫住シ
  • 610,1455,44,191天台宗
  • 652,1456,45,260五智如來
  • 745,292,41,125ノ遺跡
  • 1318,288,42,126住蓮池
  • 1362,286,42,125安樂寺
  • 787,287,43,169親鸞配流
  • 699,287,42,173越後國分
  • 1669,289,43,80ノ墓
  • 1712,287,45,171住蓮安樂
  • 655,288,43,40
  • 1915,715,47,385承元元年二月十八日
  • 1919,2451,45,120五六二

類似アイテム