『大日本史料』 7編 13 応永16年雑載~同17年12月 p.155

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山上號阿彌陀峰とあり、此堂五之室にありて、和泉前司隆行入道覺蓮心月房の建立と云、, 明神を此一道場か鎭守とすること、彼十阿ある時、夢中に嚴嶋の神より玉のかんさしを, なり、其後永正年中まて傳來せるを、おもはさりき火難おこりて終に燒失す、又嚴嶋の, 幾ほとなくしてかくれさせ給ひき、因茲末世利生のために堂を立、丈六の彌陀を大師み, より、貴賤これを〓怖す、時に大師一七日祕法を修し給ひしかは、火坑たちまちに變し, て清涼の地となる、すなはち池中より丈六の阿彌陀并觀音・勢至等涌出し給ひけり、又, こほたれけるに、棟の上に一の箱ありしをひらきて見れは、むかし此堂建立の縁起の文, 給ふと見しに、さめて猶手のうちに有けれは、有かたくおほし、小社を建立し、天女を, 夜し給ひしに、靈夢を感せり、曰、極樂堂破壞に及り、汝是を興すへしと、爰において, 十阿四衆の合力を頼みて、財寶をあつめ、同十七年四月八日に功を初んとて、古き堂を, つから安置し給ふとそ、其後十阿彌陀佛といふ僧、應永十一年夏六月廿一日、奧院に通, 蓮華三昧院譜に、應永十七年四月八日、極樂堂落慶之時、向峰彌陀三尊來影、仍爾後此, らの御影を挺埴して作らせ給ふとそ、開基を尋ぬるに、むかし此所の地、地獄なりしに, 勝蓮華院山, 此所に勸請ありけると也、, 〔紀伊續風土記〕, 形勝, 高野山部一, 十阿彌陀, 佛ノ勸進, 應永十七年四月十日, 一五五

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  • 形勝
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  • 十阿彌陀
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  • 應永十七年四月十日

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  • 一五五

注記 (22)

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