『大日本史料』 7編 7 応永12年正月~同13年5月 p.435

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し給へり、, へとて、勝行房は寶壽庵と云寺に移り、往生の素懷をとけ給ふ、光英僧都は, 衰微し侍る、當寺を國阿上人にゆつりまいらする間、念佛の道場となし給, 念佛し給ふ折節、よみ給へる歌、, 我齡かたむき、既入滅に及の間、天台の宗門末法不相應なるゆへ、寺次第に, 彌陀佛とて、嗣法の弟子を雙林寺にすへおき、無量壽院には遊阿彌陀佛を, 安養寺にて往生を遂へしとて、無量壽院を國阿上人にゆつり、僧都は安養, 寺に移り給ふ、其外花光坊、石見坊、何も上人に歸依し給へり、扨上人は持阿, 身を思ふ心のやみのはれやらてまよふ心そはかなかりけり, 阿彌陀佛と唱ふるいきの風にすむ心の月は雲もさはらす, うけてそ伊勢へは參りける、然るに上人彌陀滿月の光に心をすまし、稱名, 住持させ給へり、然に此遊阿彌陀佛程なく往生し侍る、然處に上人持阿彌, 至徳元甲子年十月十八日に、雙林寺の住持勝行房は、國阿上人を請して云, 陀佛に雙林寺の住持職を渡し給ふ、時に名をあらためて、其阿彌陀佛と號, 廿六, 雙林寺ヲ, 附與セラ, ル, 應永十二年九月十一日, 四三五

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  • 雙林寺ヲ
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  • 應永十二年九月十一日

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  • 四三五

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