『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.655

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八月廿九日, あらはし、往生の素懷をとけけるとなむ、, かれるに、明後日辰時に極樂にむまるへしと申あひた、いかにしてさはし, この青蓮花は新田の太郎か分なりと仰られつるに、白蓮花のうへに又聲, して書つかはされける, の教誡をかうふりて一向專修の行人となりにけり、たまはるところの御, 實秀この消息を恭敬頂戴して、一向に念佛す、, りたまへるぞとゝへは、その事なり、夢に墨染の衣著したる僧、青白二莖の, 蓮花をもちて來れりつるか、白蓮花をわれにさづけてこれは汝か分なり、, ねがふところなり、明後日來臨し給へ、申へき事侍りと申けり、その日又ま, 消息を秘藏して、出離の指南になんそなへ侍ける、必しも數返をさだめす、, 寛元四年往生の時、異香をかぎ、音樂をきくものおほかりき、實秀か妻室又, 思ひ出たるかとおほしくては、常に西向て高聲にそとなへける、病惱の時、, 侍て、小屋原の蓮性を使者として上人に尋申たりけれは、眞觀房を執筆と, ふかく此消息のをしへを信受して、稱名の行をこたりなく、つゐに奇瑞を, 武藏國那珂郡の住人彌次郎入道, に近隣なる僧蓮臺房來りとふらひけれは、此所勞は日比, は、上人, 〔法然上人行状畫圖〕, 〔法然上人行状畫圖〕五十武藏國那珂郡の住人彌次郎入道, 實名、, 不註, 不註, ○中, 年、, 略、, 二十, 彌次郎入, 道, 建暦二年正月二十五日, 六五五

割注

  • 實名、
  • 不註
  • ○中
  • 年、
  • 略、
  • 二十

頭注

  • 彌次郎入

  • 建暦二年正月二十五日

ノンブル

  • 六五五

注記 (31)

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