『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.580

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に火をかけよ、同時に乘入らんと相圖を定置、或夜孫太郎城に火をかけゝ, て弘岡に陣取る、此弘岡と蓮池の間に二淀川とて大河有、川を隔て度々弓, 津野勢加つく、蓮池の城に籠置たり、元親二千餘騎、元龜元年十月、岡豐を立, を渡く往處に利ありと讀たり、孫太郎聞て思ひけるは、此川大川なれは、渡, か、三千餘騎にて、戸波といふ所へ越、丸山の城に籠る、一條殿加勢の人數に, 九才に成り候、本卦を考へて給はり候へといふ、住持の僧書物を開て、大川, れは、親貞千餘騎一度に颯と川を渡り押寄さたり、城内には、謀反人有、誰々, 荒川外記、橋本三左衞門當番にて蓮池の城に詰る、此與に土居孫太郎とて、, りて利あるへし、元親へたよりて立身すへしと覺悟して、川原にて襦鴒射, 鉄炮のせり合あれとも、川を渉りての合戰なし、かくて左京進親貞に千騎, 利口たてするもの有、蓮池の妙蓮寺へ往て、住持の僧と物語の序に、我等十, るまねして、向へ矢文を射たり、親貞矢文を見て悦ふ事限なし、則蓮池の城, の人數を添、弘岡の城に置、元親は歸陣なり、一條御加勢衆は、幡多郡城持三, 人宛三ケ月代りにして、蓮池の城に在番なり、元龜二年四月より、平田佐渡、, といふ程こそあれ、右往左往に散亂し、八方へ落行、されとも大將平田佐渡, 蓮池城ヲ, 四月元親, 元龜二年, 十月元親, 陷ルトノ, 弘岡ニ陣, 元龜元年, ストノ説, 丸山城, 説, 永祿十二年十一月十三日, 五八〇

頭注

  • 蓮池城ヲ
  • 四月元親
  • 元龜二年
  • 十月元親
  • 陷ルトノ
  • 弘岡ニ陣
  • 元龜元年
  • ストノ説
  • 丸山城

  • 永祿十二年十一月十三日

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  • 五八〇

注記 (27)

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  • 1580,618,59,2197て弘岡に陣取る、此弘岡と蓮池の間に二淀川とて大河有、川を隔て度々弓
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