『大日本史料』 6編 34 応安4年閏3月~応安4年12月 p.276

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もきこえぬ所なり、, とまるへき宿たになきを駒なつむいはくに山にけふやくらさん, 山なりけり、一ふたつある柴のいほりたになく、人はなれたる山中に、み山木のかけを, 此ふねともの中に、朝けのいとなみするとて、けふりのたちのほりつゝ浪にうつろふけ, ふるき歌に、いは國山をこえん日は手向よくせよあらきその路とよみて侍るやらむ、そ, たらちねのおやにつけはやあらしてふいはくに山もけふはこえぬと, たちかへりみる世もあらは人ならぬ岩國山もわかともにせむ, しき、心あらむ人にみせまほしかりき、, 行、誠に岩たかく、物心ほそき路なり、夕になりぬれと、きこりたにかへらす、鐘の聲, れをかたよせてよめるなるへし、はる〳〵と越過て、又海老坂といふさとに、寺の侍し, 浪のうへにもしほやくかとみえつるはあまのをふねにたく火也けり, と申、今夜は、多田といふ山さとにとゝまりて、朝にまた山路になりぬ、これなむ岩國, かけたるみ山ちなり、大谷とて、岸たかき山河なかれ出てみゆ、これより周防のさかひ, それよりこなたはみな山路なり、つは・黒河・こえ松・やを松なといふも、うみかた, 南朝建徳二年北朝應安四年九月二十四日, 岩國山, 多田ニ宿ス, 坊ニ宿ス, 周防大谷, 海老坂ノ寺, 南朝建徳二年北朝應安四年九月二十四日, 二七六

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  • 岩國山
  • 多田ニ宿ス
  • 坊ニ宿ス
  • 周防大谷
  • 海老坂ノ寺

  • 南朝建徳二年北朝應安四年九月二十四日

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  • 二七六

注記 (22)

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