『大日本史料』 6編 37 応安6年2月~応安6年6月 p.7

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今川伊豫守貞世・大内介義弘は、菊池一族を退治せんかため軍勢を催促するに、九州の, 河の南にうけて相さゝゆ、折ふし寒氣甚たしかりしかは、翌年睦月の初まて六十餘日對, 期したれは、懸合せ戰ふ所に、例の忍ひの者、三ケ所の敵の陣屋に火を放ち鬪をあくる, 陣す、菊池忍ひになれたる兵三百餘人を商夫に拵へ、百人宛三ケ所の敵の中に入れ置、, 應安六年二月十二日未明に、五千餘騎を三手にして、少貳か陣に押よする、少貳も兼て, 〔菊池傳記〕, 諸士口々に馳集りて雲霞のことし、武政これを傳聞て、舎弟彦次郎武教に五千餘騎を差, 那賀・三原・秋月・上坐・下坐・宗像大宮司以下二萬餘騎、味坂の邊に出張し、菊池を, 橋・宇佐大宮司以下六萬餘騎、三笠郡に陣を取、一手は武藤筑後守頼武、朝日・久保・, 添へ、筑前に向はしむ、今川・大友・戸次・佐伯・原田・臼杵・大野・長野・麻生・高, 肥前本折城ヲ圍ムコト、同年七月是月ノ條ニ見ユ、, 菊池武教與今川・大内合戰事, 〔參考〕, ○菊池某等、肥前田手寺ニ據リテ北黨ヲ防グコト、本年六月十日ノ條ニ、武政等、, ○史籍集覽本, 二, 南朝文中二年北朝應安六年二月十四日, 七

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  • ○史籍集覽本

  • 南朝文中二年北朝應安六年二月十四日

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注記 (18)

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