『大日本史料』 6編 43 永和元年正月~永和元年5月 p.233

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やうニ披露仕て候へとも、山よりにしかるへき陳をミたてさせて候ほとに、大村領内, ヽやと存候、如此事、兼日に披露候へは煩候間、山鹿に通候て、安入に陳をとるへき, し候へく候間、可御心安候、尚々道つかいの事ハ、部春とほりよく候へく候、同候ハ, 事、了簡仕候、子細候間中々うちすてゝ可罷立候、たゝし黒木邊物共ハ、皆々めしく, たとほりを御出可然候、諸事安入にて可申談候、如此事、御心へたるへく候、又此邊, ハあるましく候、恐々謹言、, 、御共申へく候、ていにしたかひ候て、陳をとるへく候間、申候、相構〳〵御披露, 雄鳥邊ニ、明後日ハ打寄候て、やかて山よりに罷通候へきよし存候間、いかさまこな, 來廿七日可罷立候、如何も山通可然存候、其期者隨躰候て、次日山よせに陳を取候ハ, 三月廿五日, 當參尤神妙、彌可被致忠節之状如件、, 了俊(花押), 應安八年三月廿七日, 嶋津殿, 沙彌(花押), 三月廿五日了俊(花押), 南朝天授元年北朝永和元年三月二十七日, (今川貞世), (今川貞世), 鳥ニ寄ル, 筑後邊春ヲ, 通リ肥後ニ, ノ者ヲ召具, 筑後黒木邊, 取ラントス, 大村領内小, 伊作久義ノ, 安入ニ陣ヲ, 入ル, 當參ヲ褒ス, 南朝天授元年北朝永和元年三月二十七日, 一三三

割注

  • (今川貞世)

頭注

  • 鳥ニ寄ル
  • 筑後邊春ヲ
  • 通リ肥後ニ
  • ノ者ヲ召具
  • 筑後黒木邊
  • 取ラントス
  • 大村領内小
  • 伊作久義ノ
  • 安入ニ陣ヲ
  • 入ル
  • 當參ヲ褒ス

  • 南朝天授元年北朝永和元年三月二十七日

ノンブル

  • 一三三

注記 (32)

  • 1612,639,70,2215やうニ披露仕て候へとも、山よりにしかるへき陳をミたてさせて候ほとに、大村領内
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