『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.556

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恐々謹言、, 愚身か壹めと申、きう〳〵に御ほんそう本悦たるへく候、惟政方も御意に, 滿頼花押, るへからす候、くはしく〓くま申へく候、兼又その堺の事、多年たのみ入候、, ゝ目出候、御合力あるましきよしうけ給、おとろき入候、京都のきこへと申、, より候て、とうかんなく候うゑは、おなしく候はゝ、御かうりよく返々大け, 仍御とうかんなく候、今時分尤しかるへく候、一陣をもとりいたされ候は, 候、しよはうせいをりけちらして候ほとに、しちこの入道かちんも正體あ, の事、大内ちかちんをとりて候、當手よりもしまのこほりへ勢つかひして, いたるへく候、ふさんの事、いま一さうにより候て、是も河向邊へ可打越候、, 〔伏見宮御記録〕, 御料所山城國伏見事、所被預置大光明寺也、早於四至傍示者、任舊例、沙汰付, 日、肥幕府、山城大光明寺ヲシテ、其料所同國伏見莊ヲ管セシム、, 應永七年到來、, 五月十日滿頼花押, 寺家、可被全領知之由、被仰下也、仍執達如件、, 十五日, 五月十日, 阿蘇殿, 元二十六坤, 御教書案, 卯, 阿蘇殿, 阿蘇惟政, ヲ肯ゼズ, 動ヲ共ニ二, 惟村ト行, 惟村援助, セントス, 應永七年五月十五日, 五五六

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  • 元二十六坤
  • 御教書案
  • 阿蘇殿

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  • 阿蘇惟政
  • ヲ肯ゼズ
  • 動ヲ共ニ二
  • 惟村ト行
  • 惟村援助
  • セントス

  • 應永七年五月十五日

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  • 五五六

注記 (31)

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