『大日本史料』 7編 7 応永12年正月~同13年5月 p.450

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よりの出仕、末代に至ても相違あるましきと覺え侍るなり、是より五日を, す、面々各々に、一粒二粒是を分布して、寶塔に納奉る、凡大權聖者の入滅も、, 方にむかひ、端座合掌して、大衆の老若に十念をさつけ、御齡九十二歳にし, て、初夜の念佛の内に眠かことく往生したまひぬ、あまたの御弟子衆、其外, 是には過しと感嘆しける、抑釋迦大師番々出世して、衆生をみちひき給ふ, 樹林の紅葉の外に沒し給ひぬ、翌日骨をひろひ見奉るに、全身皆舍利と變, なる、今此上人所は靈山にゐまして、時機相應の法をひろめ、あまねく衆生, あるへきにあらされは、茶〓の儀式をとりおこなひ、無餘一片の煙となし, 往生にて、靈山に花ふり、親り佛の來迎し給ふとて、貴賤群集を成しける、扨, て仰を背申へしとそ申されける、上人御往生の後御遺言に違はす、諸末寺, 歸依の道俗男女なけきかなしみ給ふ事、たとへを取にのへかたし、親り迎, 奉る、於戯長安城の月影は雲居寺の青松の頭にかくれ、靈鷲の日の光は雙, 攝の紫雲たなひき、天花眼にさへきり、異香四方に薫す、洛中の人々上人御, を濟度し給ふは、たゝ人にあらす、その身は安養淨刹に歸入し給へとも、法, へて、應永十二之西年九月十一日、初夜の往生を衆僧につけ、床にのほり、西, 茶〓, 臨終, 應永十二年九月十一日, 四五〇

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  • 茶〓
  • 臨終

  • 應永十二年九月十一日

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  • 四五〇

注記 (19)

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