『大日本史料』 7編 8 応永13年6月~同14年7月 p.170

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穴弘行代也、, 人正實連をたのみ、二男常連にゆつり渡す、然間御下文を申いまと知行す、, 領知す、如此常連を仕付候間、さはの本領は、惣領さはの下として領知す、赤, 穴は京極殿へしたかいもつへしとありけり、然にひた合戰の時、佐波も赤, ○京極高光、弘行ヲシテ、赤穴莊地頭職ヲ安堵セシムルコト、十八年三, 下の御とらめふりく候時、おとゝあにとりあひの時、兄のふんより佐波隼, 國へ被下候時、赤穴も下候へと被申候間、惣領之儀と申、當座同心候はても, 然とも其かんなをとて、惣領さは, 月二十一日ノ條ニ、義持、弘行ヲシテ、佐波郷猪子田河以南圓山村ヲ安, 堵セシムルコト、同年九月二十六日ノ條ニ、高光、清連ヲシテ、赤穴莊内, 穴も京極殿へならへて出けるに、いつれも致忠節、あまつさへ赤穴弘行は, 國司をうちたてまつる、, 其後内野合戰以來、京極殿此國の守護たるこよつて、京極殿より以御下知, 如何候とて、同道候てくたりけり、これは佐波善四郎左衞門幸連の時也、赤, とくほうし殿參候, 永正二年, の七月十四日郡連(花押), 十八日ノ條參看、, ○十八年七月二, ○中, うし, きのと, 略, 國司ヲ討, 共ニ飛騨, ニ出陣ス, 連ニ讓ル, 常連兄佐, 波頼清ト, 季實ノ嫡, 子ヨリ常, 應永十三年八月十一日, 一七〇

割注

  • 十八日ノ條參看、
  • ○十八年七月二
  • ○中
  • うし
  • きのと

頭注

  • 國司ヲ討
  • 共ニ飛騨
  • ニ出陣ス
  • 連ニ讓ル
  • 常連兄佐
  • 波頼清ト
  • 季實ノ嫡
  • 子ヨリ常

  • 應永十三年八月十一日

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  • 一七〇

注記 (33)

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