『大日本史料』 7編 8 応永13年6月~同14年7月 p.853

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

ほとに、まうけの御所の奉行右少辨いへとしまつ參りて、もよほしとゝの, へらる、せんくの上達部、殿上人次第に門のうちに入て、かんたちへは南の, うのうへに、とうきやうきんの御しとねをしきて御座とす、南の方におな, うち、この十とせあまりはことにむつましくし侍るうへ、人とものしるし, きんのため女院の御所へ行幸なる時、御木丁をへたてゝ御對面の事あり、, のおり、さたありし事也、御幸のせんちむやう〳〵ちかつき侍ると聞えし, かは、さしたる事なけれとも、小御所のひんかしむき五けんをしつらひ分, しうけんに、唐にしきのしとねをしきて女院の御座とす、其外かうらいの, すゝまる、いたし車ともは、たかくらおもてにたてならへて、ぬし〳〵はお, て、中四間そ御たいめんの所なるへき、おくにそ惣て東むきにうけんのて, とおほえて心やすし、みさうそくのやうおほつかなくて、そとのそき侍し, 方に、西を上にて、北むきにならひたつ、殿上人はみな松明をとりて、さきに, てふをしきみてられたり、そのうちに三尺の御木丁をたてらる、是はてう, さやうのためしになすらへられたりけるにや、保元の頃美福門院に行幸, として、東の小御所のかたへ道引ゆく、これそさすか年比立なれし百敷の, 御對面所, 應永十四年三月二十三日, 八五三

頭注

  • 御對面所

  • 應永十四年三月二十三日

ノンブル

  • 八五三

注記 (18)

  • 607,593,60,2180ほとに、まうけの御所の奉行右少辨いへとしまつ參りて、もよほしとゝの
  • 492,603,57,2173へらる、せんくの上達部、殿上人次第に門のうちに入て、かんたちへは南の
  • 1297,587,59,2194うのうへに、とうきやうきんの御しとねをしきて御座とす、南の方におな
  • 1758,590,57,2186うち、この十とせあまりはことにむつましくし侍るうへ、人とものしるし
  • 951,590,61,2207きんのため女院の御所へ行幸なる時、御木丁をへたてゝ御對面の事あり、
  • 726,594,56,2185のおり、さたありし事也、御幸のせんちむやう〳〵ちかつき侍ると聞えし
  • 1529,597,57,2186かは、さしたる事なけれとも、小御所のひんかしむき五けんをしつらひ分
  • 1183,588,60,2185しうけんに、唐にしきのしとねをしきて女院の御座とす、其外かうらいの
  • 260,589,57,2190すゝまる、いたし車ともは、たかくらおもてにたてならへて、ぬし〳〵はお
  • 1413,592,58,2185て、中四間そ御たいめんの所なるへき、おくにそ惣て東むきにうけんのて
  • 1643,596,58,2179とおほえて心やすし、みさうそくのやうおほつかなくて、そとのそき侍し
  • 374,594,60,2182方に、西を上にて、北むきにならひたつ、殿上人はみな松明をとりて、さきに
  • 1070,591,58,2190てふをしきみてられたり、そのうちに三尺の御木丁をたてらる、是はてう
  • 840,593,57,2191さやうのためしになすらへられたりけるにや、保元の頃美福門院に行幸
  • 1874,592,57,2176として、東の小御所のかたへ道引ゆく、これそさすか年比立なれし百敷の
  • 1410,226,42,170御對面所
  • 155,663,46,468應永十四年三月二十三日
  • 156,2370,49,124八五三

類似アイテム