『大日本史料』 7編 20 応永21年4月~同年12月 p.209

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城を攻、, の城に籠る、此城高山にて容易に攻難けれは、鎌倉殿より海老名備中守を使して、孝知の罪, ゆるし給はるにより、城明て出へしとあり、明る康應元年五月、孝知及子孫四郎遂に降參す、, 嫡子太郎治知は、那須越後守に預けられ、寄手進んて城に入る、家人百餘人城に火をかけ落ゆ, 〓空華日用工夫略集〕, 〔空華日用工夫略集〕, 犬丸にくミし、若犬を隱し置よし聞えて、同し七月鎌倉より上杉禪助大將として、常陸小田の, 老讀竪字作立音云々、竪義即比叡山之俗音也、, 孝知防戰かなはす、其子二人に家長信田某を引ゐ、小田を落て男體, 十一月四日、小田居士來話、及詩學等事、余擧老杜稚子夜能〓之句、小田又語、今寶戒寺長, 三十日、小田公來、致歳盡之禮、々次話及吾宗乘、余曰、凡吾宗所貴、專在見性成佛、臘月三, 〔空華集〕, きたり、孝知應永廿一年六月卒す、, 追悼演宗講師寄其方外友小田居士, 十日、公如何折合去也、公拜謝而去、略, 應永二十一年六月十六日, 應安四年十二月, 應安四年, 七言絶句, 十九日ノ條參看、, ○嘉慶元年七月, 二, ○下, 略, 談ズ, 氏滿小田城, 禪門宗乘ヲ, 周信ト詩話, ニ據ル, ヲ攻ム, 下野男體山, ヲ扶ク, ノ友タリ, 小山若犬丸, 演宗ト方外, ス, 二〇九

割注

  • 應安四年十二月
  • 應安四年
  • 七言絶句
  • 十九日ノ條參看、
  • ○嘉慶元年七月
  • ○下

頭注

  • 談ズ
  • 氏滿小田城
  • 禪門宗乘ヲ
  • 周信ト詩話
  • ニ據ル
  • ヲ攻ム
  • 下野男體山
  • ヲ扶ク
  • ノ友タリ
  • 小山若犬丸
  • 演宗ト方外

ノンブル

  • 二〇九

注記 (37)

  • 1715,697,52,176城を攻、
  • 1596,698,62,2212の城に籠る、此城高山にて容易に攻難けれは、鎌倉殿より海老名備中守を使して、孝知の罪
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