『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.275

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ひ土佐國へ歸りける、孝高の謀にて、兵力を勞せずして、日數十九曰の間に城を降し給, 土佐へ歸る、其外讚州の城々も、孝高かねてはかり給ひしごとく、或は降參し、あるひ, 人亡びて其事傳はらず、其上戰國の世の習、武事のみ專にして、文筆おろそかなれば、, を作りて打かけらる、城兵勇猛なりといへども、四萬餘の大軍山野一同にとりかこみ、, 岐等の他國に於ても、又孝高・長政の戰功いくばくといふ事をしらず、然れども世遠く, ける、岩倉の城沒落すと聞えしかば、脇の城に籠りし長宗我部新左衞門等も、城を捨て, を察してあつかひをいれ給しかば、やがて同意して城をあけ渡し、掃部頭は兵衆を率, 小となく孝高に任せらるべき由仰越されける、孝高即一の謀ありとて、材木を集め、, て、近邊の小戰月々に絶ず、其功多かりしとかや、其外、因幡・伯耆・淡路・阿波・こ, は落失て、こと〴〵く平ぎぬ、此時、孝高の智略猶多し、惣じて職隆・孝高、播州に於, 城中の櫓より高く組上げ城中を見すかし、爰かしこより大鐵砲を仕懸、一日に三度とき, あつかひを以城を降すべしとて、此旨秀吉公へ達せられければ、秀吉公より、謀は大, 同音に彈をあげしかば、大山も崩るゝがごとし、城中機を屈して降參の志あり、孝高是, 答ていはく、此城要害よければ、人力を以攻べからず、謀をめぐらし、敵の心を屈し、, 嚇ス, ヲ誘降ス, テ城兵ヲ威, 孝高岩倉城, 大鐵砲ヲ以, 脇城モ陷ル, 天正十三年七月十九日, 二七五

頭注

  • 嚇ス
  • ヲ誘降ス
  • テ城兵ヲ威
  • 孝高岩倉城
  • 大鐵砲ヲ以
  • 脇城モ陷ル

  • 天正十三年七月十九日

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  • 二七五

注記 (22)

  • 1000,687,58,2254ひ土佐國へ歸りける、孝高の謀にて、兵力を勞せずして、日數十九曰の間に城を降し給
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