『大日本史料』 7編 25 応永23年8月~同年雑載 p.108

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

〔寛政重修諸家譜〕, 〔長尾正統系圖〕, 駿河國に退去す、このとき頼明父子忠戰をぬきんて、持氏を鎌倉にかへらしむ、某, 小田原城に住す、應永二十三年、足利持氏の臣上杉右衞門佐氏憲謀反により、持氏, 頼春與一、信濃守, 勝定院義持より上野國新田の庄にして采地を宛行はる、, 應永二十三年、上杉入道禪秀叛逆の時、足利持氏に屬して軍功あり、こゝにをいて, 年死す、法名光公, 長尾左衞門尉景仲入道昌賢波嘉慶二年正月於鎌倉誕生、始者景重登云、實波鎌倉長, 貞氏, 〔寛政重修諸家譜〕, 道號玉山、相模國足柄の最乘寺に葬る、, 三月十日爲忠賞、相州大住八郷賜之、〓下, 尾新五郎房景二男也、景守依爲甥、景守嫁末女孫四郎、景仲登改、, 景仲, 應永廿三年, 應永二十三年十月二日, 〔寛政重修諸家譜〕大〓九十八藤原氏道隆流, 艮阿彌、新六郎、, 孫四郎景重、, 今の呈譜六郎に作る、, 由良, 大森, 今の呈, 左衞門尉、始者, 譜道光、, 七十七清和源氏義家流刻, 六百九十八藤原氏道隆流, 略, ○下, 由良貞氏持, 功アリ, 氏ニ屬シテ, 大森頼春, 應永二十三年十月二日, 〇八

割注

  • 艮阿彌、新六郎、
  • 孫四郎景重、
  • 今の呈譜六郎に作る、
  • 由良
  • 大森
  • 今の呈
  • 左衞門尉、始者
  • 譜道光、
  • 七十七清和源氏義家流刻
  • 六百九十八藤原氏道隆流
  • ○下

頭注

  • 由良貞氏持
  • 功アリ
  • 氏ニ屬シテ
  • 大森頼春

  • 應永二十三年十月二日

ノンブル

  • 〇八

注記 (36)

  • 1071,669,76,588〔寛政重修諸家譜〕
  • 572,672,73,509〔長尾正統系圖〕
  • 1333,741,66,2130駿河國に退去す、このとき頼明父子忠戰をぬきんて、持氏を鎌倉にかへらしむ、某
  • 1457,746,64,2121小田原城に住す、應永二十三年、足利持氏の臣上杉右衞門佐氏憲謀反により、持氏
  • 1581,683,56,374頼春與一、信濃守
  • 704,744,62,1402勝定院義持より上野國新田の庄にして采地を宛行はる、
  • 829,733,65,2132應永二十三年、上杉入道禪秀叛逆の時、足利持氏に屬して軍功あり、こゝにをいて
  • 1218,741,58,453年死す、法名光公
  • 332,744,64,2129長尾左衞門尉景仲入道昌賢波嘉慶二年正月於鎌倉誕生、始者景重登云、實波鎌倉長
  • 951,683,53,113貞氏
  • 1701,669,75,585〔寛政重修諸家譜〕
  • 1219,1358,63,1013道號玉山、相模國足柄の最乘寺に葬る、
  • 1839,747,84,1056三月十日爲忠賞、相州大住八郷賜之、〓下
  • 209,746,65,1700尾新五郎房景二男也、景守依爲甥、景守嫁末女孫四郎、景仲登改、
  • 457,683,50,111景仲
  • 219,2563,57,314應永廿三年
  • 1962,726,45,428應永二十三年十月二日
  • 1700,663,86,1203〔寛政重修諸家譜〕大〓九十八藤原氏道隆流
  • 979,806,45,305艮阿彌、新六郎、
  • 441,800,41,223孫四郎景重、
  • 937,802,43,397今の呈譜六郎に作る、
  • 1069,1305,39,82由良
  • 1696,1309,41,81大森
  • 1248,1207,42,120今の呈
  • 484,799,43,301左衞門尉、始者
  • 1204,1200,42,138譜道光、
  • 1106,1306,52,571七十七清和源氏義家流刻
  • 1739,1309,45,556六百九十八藤原氏道隆流
  • 696,2184,41,41
  • 741,2185,42,82○下
  • 870,342,43,211由良貞氏持
  • 785,343,38,118功アリ
  • 830,342,39,206氏ニ屬シテ
  • 1587,341,44,167大森頼春
  • 1962,726,45,428應永二十三年十月二日
  • 1967,2563,44,98〇八

類似アイテム