『大日本史料』 7編 25 応永23年8月~同年雑載 p.279

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事子細令申冷泉殿臺御方、□、御返事云、十四日に御のひ御わつらひをしはかりまい, 々、, らせまいらせ候しとて、あすこれより人をまいらせたく候つるに、ひんきうれしく, るか、三日はよしとて、十四日に御しやうしんをせさせまいらせ候へとおほせ事候, きあひて候程に、もしわか君の御方の御いのりにてや候らむ、なにとなく御心えあ, けるときゝまいらせ候、八わたの御いのりの日と御しやうしんの日とうつくしくい, 少々於山上用意、明旦可早參之由仰含之、又笠取人夫十四五人課大谷法印召儲之云, 且若君御方御安全得其意了、潛通之旨尤本望之由、後日喜申了、, らせ候、さて三日わか君の御方へ御しやうしんをせさせまいらせをはしまして候つ, 申候、廿日ころにはめてたくまちつけまいらせ候へく候、あなかしこ、, 十三日、自今夕予下山、尺迦院同道、諸伴皆又如此、面々著報恩院出立、力者・承仕, 此文の趣、誠ニ若君御祈被思食當歟、所詮御心中御願成就之懇祈肝要歟之由存之、, 者可申入候、不可及御伺候、自十四日必可有御參住候云々、予今度自八幡出京以後, 十四日、天晴、自京都輿舁五人早旦參、, 予乘板輿、堅固内々路次行, 應永二十三年十一月十四日, 三人自分也、, 此内二人ハ尺迦院, ヲモ兼ヌ, 祈祷ノ旨趣, 義量ノ息災, 應永二十三年十一月十四日, 二七九

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  • 三人自分也、
  • 此内二人ハ尺迦院

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  • ヲモ兼ヌ
  • 祈祷ノ旨趣
  • 義量ノ息災

  • 應永二十三年十一月十四日

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  • 二七九

注記 (23)

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