『大日本史料』 8編 2 応仁2年8月~文明元年9月 p.79

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宇合式部, ト云々以上是ヲ藤氏三四祖トス、皆不比等之孫也, 土佐の海みなみの岸にかけておもえいつこきあれと北の藤浪, 家ト稱す也、二曰房崎大臣、是を北家と稱ス、是幡多一條家の遠祖也、三曰, 四人なり、皆官を授て、藤姓を賜ふて、是四家にわかつ、一ニ武知麿、是を南, 案、北の藤浪は、北家の藤原と云事也、蓋藤原家祖は、大職冠鎌足公也、此子, 土左のうみ南のきしにふねとめて猶やさかへんきたの藤浪, 四方の浪たつにや匂ふかふの浦たかうつり香のとまり成蘭, 名にしあふ櫻津なれや春のいそしるもしらぬも花の白浪, 是を式家ト稱ス、四曰、左京大夫麿、是ヲ京家ト稱ス, さくらほの名にのみ殘る花の香に匂ひやかふの浦にとゝめん, 一條教房公, 一、阿州宍喰ト土州甲浦ト國境、東ハ甲浦トウケ限, 稀に來し甲の浦の忍ねやひとへにむすぬ契りなるらん, 南路志, 甲浦, 、一條家舊記, マタ傍註ハ、名勝記ニヨル、, 土佐名所竝歌二モ見エタリ、, ○中略, 淺間庄、, ○以上三首、, 土州名勝記, 神龜元年將, 軍二任ス, 安藝郡上, 佐, 九, ○土, 教房ノ詠, 甲浦, 歌, 應仁二年九月六日, 七九

割注

  • マタ傍註ハ、名勝記ニヨル、
  • 土佐名所竝歌二モ見エタリ、
  • ○中略
  • 淺間庄、
  • ○以上三首、
  • 土州名勝記
  • 神龜元年將
  • 軍二任ス
  • 安藝郡上
  • ○土

頭注

  • 教房ノ詠
  • 甲浦

  • 應仁二年九月六日

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  • 七九

注記 (34)

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