『大日本史料』 8編 2 応仁2年8月~文明元年9月 p.834

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右子細者、賀集神社〓神宮寺依大破及、御造榮をくわたてんと欲する所ニ, 料田五町四反まてニて候、りんし置文等にも荒野と候へは、反別二斗三斗, 夫を預御免候者、是を一山之力として、造榮をくわたて、彌々可致御祈祷精, 石之置米ニて、賀集三ケ庄より二十五石利米以取成候しか共、今き更ニな, 誠者也、殊ニ此造榮付、人夫數五千人ニあまり入候間、先々ニ材木を取候は, のところニて候、彼下地以一二宮之兩會舞童、毎年之一切經會、其外諸祭り, 入目大儀之寺役勤かたき所ニ、御陣夫なけき入候、一切經會も、先年き五十, 矢合の祝言ニ御勝なされ候、其御くんこうに宇原兵衞入道跡を御寄進あ, く候へとも、御祈祷事ニて候へは、取成申候、芳財院殿樣之例以、御近代まて, は、年〳〵に神馬御太刀御進上候、左樣之御そうしん共思食、毎月一人御陣, り、此坊領十四町下されて後、修理免として八町、其餘は卅町之樂田、社僧時, 御陣夫毎月仕候間、一山之迷惑此事候、別而御奉加思食被御免候者所仰候, 師氏矢合畏言上目安事, ては、難事成候間如此申上候、此旨以可然樣可預御披露候、仍目安状如件, 仍師氏御入國之時も、當社ニ初□〓□□され、同しくかふら矢を申おろし、, 文明元年六月十一日, ヲ望ム, レンコト, 陣夫ヲ免, 修理免, 文明元年六月十一日, 八三四

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  • ヲ望ム
  • レンコト
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  • 修理免

  • 文明元年六月十一日

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  • 八三四

注記 (22)

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