『大日本史料』 8編 6 文明4年12月~同5年8月 p.458

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に御立有也、伊勢守御介錯也、御沓は赤松進上、播磨皮ともみせ也、御沓の内, 若公樣御出、伊勢守御懸の南より參、若公樣をたつみのすみの松のもとす, こし南東よりいたきおろし被申候而、御庭にて御鞭を、小笠原民部少輔持, 也、へい中門の外迄次郎四郎ひきてまいるを、左京亮請取、東のしらにむつ, 左京亮付申て、御馬を北之松貳本のあいへうち御出しありて、それより西, 御わを戸より御出有て、西乃御ゑんの上に御立あり、其時へい中門より管, 部少輔兩の御わきに參也、御馬乃兩口に、右の方には伊勢八郎左衛門、左ニ, 其後伊勢八郎左衛門御沓をまいらせて、如常めさするなり、若公樣西むき, たて候を、若公樣を伊勢守いたき申、御馬にめさせ、御側に伊勢守、小笠原民, て參、御左ののたより御腰にさし申也、御鞭はくま柳の御鞭なり、とつか有, 南へ三へんうち御まはしあり、三へんめをちとひろひろとめして、もとの, はこうはいのきぬ也、御馬は管領より進上、のかわらけ、但辻あるによつて、, 〓く懸の内へ御馬をめし入るなり、南の方へうちまはされ、懸の四本をこ, 領右馬頭殿、其外役者參、伊勢守〓い中門をあけられ、管領御參りありて後, そうめい殿進上の黒にめすなり、御鞍はかなのい御鑑共ニ伊勢左京亮作, 乘馬ハ政, 元ノ進献, 文明五年四月十日, 四五八

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  • 乘馬ハ政
  • 元ノ進献

  • 文明五年四月十日

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  • 四五八

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