『大日本史料』 8編 8 文明7年正月~同8年6月 p.936

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陣ヲ襲フ、, し〓參考に備ふ、, か〓や否を詳にをす、且寛永譜すてに勢の出所をうたかふといへとも、, に、伊勢伊勢守貞親か二男新九郎, 家、其男時政より、數代連綿して時行にいたり、其男行氏より以下所見な, の御所より御催し有て、〓のために左衞門大夫同年六月、足柄山を越、駿河, 上杉顯定ノ宰長尾景春、武藏鉢形城ニ據リテ顯定ニ叛キ、尋デ、五十子ノ, たるか〓し、しかりとい〓とも、家系、長氏伊勢家より出るといはす、且伊, ふ、これによ多時は、いはゆる北條某き新三郎行長にして、長氏は其養子, 勢家につたふ多所の古系〓記と異説あるときは、其家説もはたしてし, し、今寛永の伊勢家の譜、をよひ伊勢万助貞春あ今の呈譜を合せ考ぬる, 各家の説にしたかひてあらためす、いあなをこれにしたかひ疑ひを存, へ發向して同十月に歸宅す、, 相模國北條某か養子と〓り、これより北條を稱すとい, 〔鎌倉大草子〕其年駿河國に騷亂あり、今川殿す扇か谷乃縁者也、其上伊豆, 其間に長尾景春武州鉢形の城へ, 文明八年六月是月, め、後落髮して早, 寛永譜に、初貞辰、後貞藤とし、貞春か呈, 雲と號すといふ、, ○以上ハ前, 條ニ收ム、, 譜に、貞辰、のち長氏、また氏茂にあらた, 氏ノ養子, トナルト, 太田資長, 駿河ニ在, 相模北條, ノ説, 九三六

割注

  • め、後落髮して早
  • 寛永譜に、初貞辰、後貞藤とし、貞春か呈
  • 雲と號すといふ、
  • ○以上ハ前
  • 條ニ收ム、
  • 譜に、貞辰、のち長氏、また氏茂にあらた

頭注

  • 氏ノ養子
  • トナルト
  • 太田資長
  • 駿河ニ在
  • 相模北條
  • ノ説

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  • 九三六

注記 (30)

  • 523,527,75,312陣ヲ襲フ、
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