『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.324

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をかためたり、この機に乘して、城將眞田左衞門幸村馬廻乃勢をもつて、東, 所なりとて、馬廻乃兵を率し、眞田か左乃かたより横したニ〓かゝる、しか, れとも必死と極めたるものともな役は、たやすくやふりかたく、をの〳〵, 照宮の御備近くうつそかゝる、越前家これにあたりて苦戰にといへとも, の多く、大坂勢動もすれは勝色にみたり、高虎これを見し、兼て期した多, 流言せしにより、味方乃兵騷動し、大軍高虎か備乃前母崩れかゝる、高虎矢, まり、本多出雲守忠朝、小笠原兵部大輔秀政衆に抽て勇戰してくうち死す、こ, の根を抜そこれを射さしめしかは、彼軍兵こと〳〵く散して、をの〳〵備, けゝへかたく、御旗本乃輩所々ニ第みとゝた象、相たゝかむ、うち死すなも, 粉骨を盡して相戰ひしか、大坂勢終に敗走し、眞田か赤旗もいつしかなひ, れにより大坂勢勝に乃り殘兵を追來る、高虎か先手たゝちにすゝむて接, の側に旗を立き、人數をうこかけす、ときに淺野但馬守長晟、, 戰し、多く首級を獲童り、高虎は桑津の西より天王寺乃東に押出し、太子堂, 、兵を出して越前勢の西を押行を見そ、い例くよりか、淺野うらきりすと, き去衆しかき、直孝とともに茶臼山乃左右に陣伍をとゝ乃へ、藤堂式部家, ○淺野長晟ハ, コノ戰ニ會セ, ノ旗本ヲ, 幸村家康, 衝ク, 高虎幸村, ノ隊ヲ横, 味方崩, 撃ス, 元和元年五月七日, 三二四

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  • ○淺野長晟ハ
  • コノ戰ニ會セ

頭注

  • ノ旗本ヲ
  • 幸村家康
  • 衝ク
  • 高虎幸村
  • ノ隊ヲ横
  • 味方崩
  • 撃ス

  • 元和元年五月七日

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  • 三二四

注記 (26)

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