『大日本史料』 8編 8 文明7年正月~同8年6月 p.935

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き、外姪今川氏親に屬す、氏親これを興國寺城にをらしむ、, したかひて、時政よりこれを記すといふ、今の呈譜、時政より長氏に至る, 介維時、其男宮内卿直方、其男越前守維方、其男伊豆大介時方、其男四郎時, 伊勢を稱する時き、伊勢家乃族歟、しかれともい万氏宗かさゝ之、多所に, あて、寛永の譜に載る所とおなしうして、高時滅亡より九十餘年か間、本, といふ、尊卑分脉を按すなに、鎭守府將軍貞盛の男肥前守維將、其男常陸, 氏をはゝかりて伊勢を稱す、長氏伊豆相模をたひらけて後、北條に復す, 毘沙門乃文字を彫たる太刀をもつて、長氏にさ〓〓ていはく、後日に此, とき備中にあり、吉備津宮の明神より夢中に太刀をたまふ、翌朝あ〓人, を稱し、伊豆相模をたひら第て乃ち、北條にあらたむといひ、其按に、長氏, 〔寛政重修諸家譜〕, 寶とす、其乃ち歸りて伊勢に居住す、文明年中、思はさるに護符を得たり、, あたひを受へしと、相約し去てまた來らす、これよりこのかた累代乃重, 寛永系圖に、新三郎行長か男新九郎長氏、伊勢國の産にして、はしめ伊勢, 太刀と共に家におさめ、今にいたままてあひつたふ、長享年中、駿河に赴, 〓氏北條, 文明八年六月是月, 北條, ○諸家系, 圖纂同ジ、, 維將流, 五百五, 五百五平氏, 文明八年六月是月, 九三五

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  • ○諸家系
  • 圖纂同ジ、
  • 維將流
  • 五百五
  • 五百五平氏

  • 文明八年六月是月

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  • 九三五

注記 (25)

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