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子息するかのかみ照康と名付、照康の嫡男太郎貞次、しなん新九郎氏茂と號し、二人の, 此よしを聞、同道せんと、荒木ひやうこのかみ、ため權兵衞、山中才四郎、あら川又次, 子息あり、いつれも京都の公方樣へつかへり、然に御所樣いつよりか例ならすおはしま, わういみしかりき、然所に、御當家に樣々の恠異出來す、是たゝ事ならすとて、占方に, 郎、大道寺太郎、在竹兵衞尉、いせ新九郎と共に、七人いひ合、東國へ下向し、する, して、つゐには世をはやく御他界なり、其後新九郎は關東へ下向の思慮をめくらす、さ, 守殿の息女を申請、我つまとなし、ともなひするかへ下り給ひぬ、然るに、いせの守殿, し、此寺の鎭守にいはひ給ひけれは、扨こそさとしもしつまりぬ、者いせ伊勢守うしろ, 北條家居住とす、高時・時行ほつらく以後、源尊氏公かまくらにおはしまして、御いく, ふと云々、中古にも去ためしあり、かまくらのかさいか谷は、北條時政のやしき、代々, 見の時節、するかの國主今川五郎氏親、京都へ上り、公方へ御禮申、下國に至ていせの, れは、今川氏親は新九郎ためにをはの夫なれは、新九郎するかを心さし下る處に、朋友, 尋給へは、いにしへほろひし平家の亡魂共、恨みをなすよし申によりて、高時かやしき, の跡に寶戒寺といふ寺を建立し、おほくの平家の亡靈をとふらひ、高時を徳崇權現と號, 伊勢守を召のほせられ、家の子と定、天下のまつりこと目出度、御子孫繁昌にさかへ給, 〓ノ子照, 宗瑞ハ氏, トノ説, 康ノ二男, 幕府ニ仕, 伊勢氏貞, 今川氏ヲ, 頼リ駿河, 永正十六年八月十五日, 三三三
頭注
- 〓ノ子照
- 宗瑞ハ氏
- トノ説
- 康ノ二男
- 幕府ニ仕
- 伊勢氏貞
- 今川氏ヲ
- 頼リ駿河
柱
- 永正十六年八月十五日
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- 三三三
注記 (25)
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