『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.365

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とはしたれ、記者の名を題とせし物を見ず, を云なりけり、其時の藤原家の勢ひは、すめらぎも避たまひしほどの事な, 人有けりと書たるを、此昔男ありけりと書たるに似たれば、伊勢が筆なら, つぼ、光源氏の君、其ほかにも、みな中に專らとする人のうへをこそ書の題, 後の世におもひはかる人、我身に痛からねば、ゆるやかに思ひて、妄なる事, を常とし、むかし物がたりのそら言も、はた時をも、人をも指まじきことわ, づれのおほん時にか、大みやすん所と聞えける御局に、大和に親もちたる, の、御里かたのあしき密事を書あらはして奉る物狂ひやはある、昔の事を, るを、おもひやらぬ説どもなり、又伊勢が書ずば、伊せ物がたりとはいはじ, となり、七條后は昭宣公の姫君なり、二條后は同じ公の妹君にて、七條后の, んなどいふは、論にもたらぬ事なり、すべて女の日記などは、はかなげに云, は、よめる歌にてもしらるゝぞかし、然るを又いはく、業平朝臣の書たる物, 御をばにませり、伊勢は七條后に仕ふる女房なり、さるをその仕まつる后, てふもいかにぞや、おほよそ物語に、竹とりよりはじめて、おちくぼの君、う, 又伊勢が家集の初めに、い, の有しに、伊勢が筆くはへて、七條の后温子、へ奉れりと、是はいよ〳〵僻ご, ○中, 略, 天慶元年十一月五日, 三六五

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  • ○中

  • 天慶元年十一月五日

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  • 三六五

注記 (20)

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