『大日本史料』 8編 12 文明12年正月~同13年正月 p.458

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

政とは申侍る也、ちかくは鎌倉の右大將の北の方尼二位政子と申しは、, のまつり事を行ひ給ひし時、聖徳太子は攝政し給て、十七ケ條の憲法な, をは、菅家の爲長卿といひし人に、和字にかゝせて天下の政のたすけと, に付、政をおさめ給へり、もろこしには呂太后と申は、漢の高祖の后、惠帝, ある〓をも、此二位の教訓し侍し也、大將の後は一向に鎌倉を管領せら, 義時も諸大名共に廻文をまはし下知し侍りけり、貝觀政要と云書十卷, 后と申は八幡大菩薩の御母にて有しか、新羅百濟なとをせめなひかし, れて、いみしき成敗とも有しかは、承久のみたれの時も、二位殿の仰とて、, て、足原國をおこし給へり、目出かりし事とも也、又推古天皇も女にて、朝, 北條の四郎平の時政かむすめにて、二代將軍の母なり、大將のあやまり, 皇帝の母にて、簾中なから天下の政道をゝこなひ給へり、これを垂簾の, の母にて政をつかさとり侍り、唐の世には則天皇后と申は高宗の后、中, 宗の母にて、年久敷世をたもち侍り、宋朝に宣仁皇后と申侍りしは、哲宗, とさためさせ給へり、其後皇極、持統、元明、元正、孝謙の五代も皆女にて位, し侍りしも、此二位尼のしわさ也、かくて光明峯寺の關白の末子を鎌倉, 文明十二年七月二十八日, 原爲長ニ, 和字貞觀, 平政子菅, カシム, 政要ヲ書, 垂簾ノ政, 四五八

頭注

  • 原爲長ニ
  • 和字貞觀
  • 平政子菅
  • カシム
  • 政要ヲ書
  • 垂簾ノ政

ノンブル

  • 四五八

注記 (23)

  • 927,752,61,2124政とは申侍る也、ちかくは鎌倉の右大將の北の方尼二位政子と申しは、
  • 1622,762,61,2098のまつり事を行ひ給ひし時、聖徳太子は攝政し給て、十七ケ條の憲法な
  • 339,753,60,2109をは、菅家の爲長卿といひし人に、和字にかゝせて天下の政のたすけと
  • 1391,756,60,2107に付、政をおさめ給へり、もろこしには呂太后と申は、漢の高祖の后、惠帝
  • 693,755,61,2108ある〓をも、此二位の教訓し侍し也、大將の後は一向に鎌倉を管領せら
  • 456,746,61,2118義時も諸大名共に廻文をまはし下知し侍りけり、貝觀政要と云書十卷
  • 1857,752,59,2110后と申は八幡大菩薩の御母にて有しか、新羅百濟なとをせめなひかし
  • 579,757,60,2125れて、いみしき成敗とも有しかは、承久のみたれの時も、二位殿の仰とて、
  • 1738,754,61,2112て、足原國をおこし給へり、目出かりし事とも也、又推古天皇も女にて、朝
  • 814,753,61,2109北條の四郎平の時政かむすめにて、二代將軍の母なり、大將のあやまり
  • 1041,751,61,2110皇帝の母にて、簾中なから天下の政道をゝこなひ給へり、これを垂簾の
  • 1274,759,61,2101の母にて政をつかさとり侍り、唐の世には則天皇后と申は高宗の后、中
  • 1156,751,63,2117宗の母にて、年久敷世をたもち侍り、宋朝に宣仁皇后と申侍りしは、哲宗
  • 1507,756,59,2110とさためさせ給へり、其後皇極、持統、元明、元正、孝謙の五代も皆女にて位
  • 215,752,63,2114し侍りしも、此二位尼のしわさ也、かくて光明峯寺の關白の末子を鎌倉
  • 1970,770,48,468文明十二年七月二十八日
  • 442,326,39,154原爲長ニ
  • 397,326,40,164和字貞觀
  • 485,322,41,167平政子菅
  • 316,325,32,111カシム
  • 354,323,38,165政要ヲ書
  • 1065,326,43,166垂簾ノ政
  • 1972,2462,45,124四五八

類似アイテム