『大日本史料』 8編 22 長享2年5月~同年7月 p.51

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の御女はうしゆも御まいりあり、御ゆすりつき、御くし二、御かうかゐ、たゐにすへて, とはけぬらせらるゝ、御かゝみは御くそくにあるからの御かゝみをすへらるゝ、ないし, ゑふなり、ふこしつなるやうなり、御きやうたゐはなゐ〳〵にてさせらるゝ、くろ〳〵ひ, 御もちあり、御あふきくらの督よりまいらぬによりおほせつけらるゝ、女はうたちのそ, てうしかたよりまいる、ふんめいのたひには、御くしくろくありしに、このたひはまき, 神璽役出仕路次間不帶弓箭、而於禁中可帶弓矢歟、然者行路之間、自身可持裾歟、如何, 〔實隆公記〕五月九日、壬申、天晴、自晩雨降、, 之由被相尋、此儀可然、但彼里第不幾程、密々可被帶歟之由答之、於裾者可持歟之由返, のまて五せんらる、御はんふちもなくてうすゝみなり、御ゆまいりてあかる、きつふく, 歸路向中御門中納言亭、倚廬渡御, ふく、さいみにてあるへきを、ふと〳〵しきぬのなり、, 事等傳奏之人也、聊有相尋之事等、被勸一盞、宣秀同在座、小時歸宅、學宰予、小倉宰, 相中將入來、倚廬渡御之日可候璽、其作法等被相談、聊述愚存、, 天霽当、及晩雨降、雷鳴、則屬晴、, 十五日、戊寅、, 小倉相公入來、今夜倚廬渡御、, 十二日、乙亥、霽、〓中午後小倉相公入來、璽所役事有被相尋之事等、勸一盞、, ○中, 生歸忌、, ○中, 成半夏, 略, 略, 季〓御〓所, 役ニツキ實, 隆ニ尋ヌ, 長享二年五月十五日, 五一

割注

  • ○中
  • 生歸忌、
  • 成半夏

頭注

  • 季〓御〓所
  • 役ニツキ實
  • 隆ニ尋ヌ

  • 長享二年五月十五日

ノンブル

  • 五一

注記 (28)

  • 1732,646,59,2240の御女はうしゆも御まいりあり、御ゆすりつき、御くし二、御かうかゐ、たゐにすへて
  • 1386,645,58,2245とはけぬらせらるゝ、御かゝみは御くそくにあるからの御かゝみをすへらるゝ、ないし
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