『大日本史料』 8編 38 延徳2年8月~同年閏8月 p.176

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し、近く寄は御討可被成とて、御太刀を拔持たまい、前澤鑓を持て御傍を不離、御供, よつて門を明不申、慮外之至也、早た御歸におゐては、隨分忠節可申と申上候へは、, 義舜公仰に、定而呼返可討取謀なるへし、汝等四人遣す事、道にて可討取ためなるへ, 御自身貳人御切ふせ、日暮に及んて、染林之下へ御のき、天神林右京亮を御頼可被成, 仕四人のものも御あとゟ御供仕、夜明かたに志津迄御著、翌日此由を承、宇留野源兵, にて、門を御うち被成候といへとも、あけ不申に依て、直ニ志津を御心かけ、御出被, 衞・滑川大和守・八木備前守・山方能登守・介川將監・安藤右京亮・久賀谷彦三郎・, 成之處に、天神林家來赤津・淺原・高根・赤尾四人を遣し差上、屋形樣御入と不存に, 〔常陸三家譜〕, 鹽谷越前・片岡監物・矢野孫太郎、御あとよりまいり御供仕、大山孫根へ御退、十三, 山入義藤・氏義等、江戸但馬守ヲ語ラヒ、逆心ヲ企、近習ノ侍〓ニ心ヲ合セ、義舜公, 年御座候、其間義藤佐竹の仕配なり、, ヲ可打奉ト欲スルノ間、公力ニ及タマハス、一先西〓ヲ御心カケ御立退遊サレ、御供, 義舜, 道勝, 佐竹氏譜本宗一, ○下, 略, 根ニ退ク, 義舜大山孫, 延徳二年八月二十七日, 一七六

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  • 佐竹氏譜本宗一
  • ○下

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  • 根ニ退ク
  • 義舜大山孫

  • 延徳二年八月二十七日

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  • 一七六

注記 (22)

  • 1220,747,66,2231し、近く寄は御討可被成とて、御太刀を拔持たまい、前澤鑓を持て御傍を不離、御供
  • 1463,743,64,2194よつて門を明不申、慮外之至也、早た御歸におゐては、隨分忠節可申と申上候へは、
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