『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.996

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頼樣御父子の御助命と有ハ、重き儀にあらにやと申て叱り候ニ付、夫ゟ權, の付候かつきを着被申たる女中方の御座候に心付、主水走り寄、誰人そと, 尋候へは、關東の御姫樣に候、御用有之城外へ御出被遊候儘、御供被申候へ, を違背仕り、たとへ手前一所に相果候へはとて、夫を不足と思ふへきか、秀, 候、先程申上候通り、今日の内夜中迄の間に、御願の相立候樣に可被遊候、兩, 右衞門を招き寄せ、其方儀は、いそき御臺樣へ追付奉り、我等娘を以可申上, 右衞門走り出て、大手の堀端に於て追付奉る處に、坂崎か人數とも、女中方, 義は、修理か側をはなれす供仕り候處に、御臺所御立退被遊候以後、修理、權, 御所樣へ御直に御願ニては事濟申間敷之間、本多佐渡守へ御願可被仰上, との儀に付、左候はゝ御供可申上とて、主水御先へ立て人を拂ひ罷出候處, へ、坂崎出羽守參り逢ひ御供仕り候由、其節大野修理か家老米村權右衞門, 外への御使と有は、心外の至候と申候へは、修理不興致し、我等の申付候儀, を取包み罷在ニ付、權右衞門は、出羽守側へ立寄、其段を申候へは、貴殿の儀, の由、能々申上候樣ニと有之ニ付、權右衞門申候は、只今此時節ニ臨み、御城, をハ兼て聞及候、急き其旨を被申上可然候、幸の事に候間、其方ニは女中方, 權右衞門, 姫ニ秀頼, 治長米村, ヲ遣シ千, 母子助命, 守千姫ヲ, 坂崎出羽, ノコトフ, 警護ス, 願ハシム, 元和元年五月七日, 九九六

頭注

  • 權右衞門
  • 姫ニ秀頼
  • 治長米村
  • ヲ遣シ千
  • 母子助命
  • 守千姫ヲ
  • 坂崎出羽
  • ノコトフ
  • 警護ス
  • 願ハシム

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 九九六

注記 (27)

  • 506,635,66,2216頼樣御父子の御助命と有ハ、重き儀にあらにやと申て叱り候ニ付、夫ゟ權
  • 1792,641,61,2208の付候かつきを着被申たる女中方の御座候に心付、主水走り寄、誰人そと
  • 1674,641,62,2198尋候へは、關東の御姫樣に候、御用有之城外へ御出被遊候儘、御供被申候へ
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