『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.411

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門に、組の御かち衆十人召連參候へ、新兵衞も吉左衞門と一所に案内に, も石見宿へ參、此家をかり可申と申候て、樣子見申候へは、前之者か申み, かち衆十人召連參候、私も十人之内にて御座候事、石見宅へ樣子を見せ, 候事不成候はゝ、討取候へと被仰出候付て、柏原新兵衞、伊藤吉左衞門御, 儘如此に候と申候へは、拙者召とり申候坊主申候は、我等は石見弟にて, 見宿へ見せに遣し申候へは、其者かへり候て申候は、おもてのみをに三, せに三人居申内、一人坊主に成居申候を石見と存、拙者とびかゝり召と, 參候て、水原石見を何とそいたしからめ取候へ、又首尾によりからめ取, 衞門と召とり申候者申候は、何事にて候哉と申候、其方水原石見にて候, 候、次郎左衞門とらへ申候者は、おいにて御坐候と申候に付、左候はゝ石, り申候、殘る一人は石見若黨にて御坐候、是は其儘遁申候事、私と次郎左, に遣、もやうをみせ候て可然と何も談合いたし、御かち衆之内一兩人、石, 人居申か、石見はさまをかへ申候と相見へ、坊主に成候よし申に付て、何, とらゑ上り申候、就夫高山樣へ柏原新兵衞申上候は、水原石見堀川とい, のくまとの間、姉か小路にかくれ居申よし申上候に付て、則伊藤吉左衞, 元和元年五月十四日, 四一一

  • 元和元年五月十四日

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  • 四一一

注記 (17)

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