Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
惣人數を引取候を見て、家の内え隱レ、左衞門佐と大隅をやり過し、そのあ, 原はなへ乘下し、川に添て乘込申候、淡輪六郎兵衞も是につゝき、河原を參, いかゝと存、其上道筋無心元、樫井町え乘〓し候へは、大隅手勢こらへかね, 姓とも廿人計、蟻通の北え出し、明神の森に伏兵御座候間、御油斷有間敷由, 腰をかけ、十文字の鑓を押立罷有候、淺野左衞門佐又乘來、大事の退口にて, 夫を待揃んため團右衞門いつれも馬より下立懸申候、岡部大學は左乃河, 上田主水は家來四五人にて、樫井町に殘り、敵を待申候、左衞門佐下知致し、, 不殘引取申候吹田作兵衞、今永六左衞門、武藤吉之丞只三人殘り候鉄炮の, 告させ候故、團右衞門大學人數も、過半は草さかしに、蟻通の森え參候に付, 者共壹人も不殘引取申候、大隅是にて討死可仕と申て、馬より下り石橋に, 候に、したるく仕候事曲事にて候、輕々と引拂可申旨町中を下知し乘〓し, は、大學は引返し退申候、一町計追懸候へとも、河原にて石高く馬を損さし, 申候、大隅も左衞門佐跡に付歩行にて鑓をふりかたけ町中を南え退申候、, り候、然處に大隅家來見付、其由申候に付、大隅町の東え出、大學に懸り候へ, とにて家より出、馬にのり、我等は今少あとを見切り退申へく候とて、家來, ヲ敗ル, 高綱大學, 淺野氏ノ, 軍退却ス, 上田宗古, 元和元年四月二十九日, 四五四
頭注
- ヲ敗ル
- 高綱大學
- 淺野氏ノ
- 軍退却ス
- 上田宗古
柱
- 元和元年四月二十九日
ノンブル
- 四五四
注記 (22)
- 293,654,71,2219惣人數を引取候を見て、家の内え隱レ、左衞門佐と大隅をやり過し、そのあ
- 1467,643,68,2218原はなへ乘下し、川に添て乘込申候、淡輪六郎兵衞も是につゝき、河原を參
- 1117,657,64,2208いかゝと存、其上道筋無心元、樫井町え乘〓し候へは、大隅手勢こらへかね
- 1813,632,73,2226姓とも廿人計、蟻通の北え出し、明神の森に伏兵御座候間、御油斷有間敷由
- 763,649,67,2220腰をかけ、十文字の鑓を押立罷有候、淺野左衞門佐又乘來、大事の退口にて
- 1581,639,70,2222夫を待揃んため團右衞門いつれも馬より下立懸申候、岡部大學は左乃河
- 412,656,69,2232上田主水は家來四五人にて、樫井町に殘り、敵を待申候、左衞門佐下知致し、
- 998,646,69,2215不殘引取申候吹田作兵衞、今永六左衞門、武藤吉之丞只三人殘り候鉄炮の
- 1699,641,69,2229告させ候故、團右衞門大學人數も、過半は草さかしに、蟻通の森え參候に付
- 881,645,67,2222者共壹人も不殘引取申候、大隅是にて討死可仕と申て、馬より下り石橋に
- 647,651,68,2222候に、したるく仕候事曲事にて候、輕々と引拂可申旨町中を下知し乘〓し
- 1233,657,66,2204は、大學は引返し退申候、一町計追懸候へとも、河原にて石高く馬を損さし
- 529,654,69,2235申候、大隅も左衞門佐跡に付歩行にて鑓をふりかたけ町中を南え退申候、
- 1349,646,70,2205り候、然處に大隅家來見付、其由申候に付、大隅町の東え出、大學に懸り候へ
- 178,664,68,2210とにて家より出、馬にのり、我等は今少あとを見切り退申へく候とて、家來
- 1329,284,40,111ヲ敗ル
- 1373,278,42,170高綱大學
- 1022,281,42,164淺野氏ノ
- 978,282,41,160軍退却ス
- 412,293,44,168上田宗古
- 1931,715,45,420元和元年四月二十九日
- 1944,2442,43,122四五四







