『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.452

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なたにて人數を待揃、靜に押可申と申候へは、大學尤と申候、それより同道, 五郎左衞門、其外間に隔り、互に物前の口論無詮事ニ候、勝劣は追付合戰の, 野左衞門佐一騎乘來、長瀧村樫井人數も皆引取申候、其方は安松の南はつ, を放火仕候、蟻通の大森西の濱手の伏兵を氣遣候間、互に申合、安松よりこ, 候、大隅も敵近しと存知、馬を早め罷歸て、安松に備候人數を備立候所ニ、淺, は成間敷候、是非可承と申候〓、同士軍可仕と見え候を、淡輪六郎兵衞、山口, 致し參候、山口兄弟敵前近く可有之候間、物見可仕由にて、先え乘行申候、龜, れに備を立、敵來り次第引受打立繰引に可仕候、二の目は永田治兵衞、矢木, 新左衞門を申付候、其方一人も跡に不可殘と下知して乘廻し退申候、團右, 衞門、大學は、安松さして押候處に、山口兄弟參候て、敵近付候由申候、其時大, 田大隅備をは安松の町乃燒跡に立、其身はロハ一騎物見に乘來、蟻通の前に, 右衞門申候は、此上は互の意趣を止メ、大坂の御壹め宜樣に可仕候、敵安松, て山口兄弟と出合、大隅詞をかけ、見知候と申候へは、山口兄弟引返し退申, 上ニて被極可然候、兩人には不似合仕方之由達〓留、兩方靜り申候、其時團, 學家人に爲持たる冑を取て着し、何となく馬を乘出し申候、團右衞門申候, 元和元年四月二十九日, 龜田高綱, 敵情ヲ偵, 察、ス, 元和元年四月二十九日, 四五二

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  • 龜田高綱
  • 敵情ヲ偵
  • 察、ス

  • 元和元年四月二十九日

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  • 四五二

注記 (21)

  • 1211,658,60,2213なたにて人數を待揃、靜に押可申と申候へは、大學尤と申候、それより同道
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