『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.834

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

き終に勘兵衞の手に加はる、, きりへより、敵相き拾間計可有御座候由、則槍にて頼母つきつめ仕候處, 候へは、右四人付申候敵と頼母との中ほとへ太郎助參候故、頼母、太郎助, 太郎助矢をいはなし候へき、槍にてした働申候との事, さ〓渡邊長兵衞き、山岡兵部ともろともに川原にて働き、父勘兵衞の手に, 人付て參、槍三筋弓一張にて付申候、はや大藏甲へ矢をいつけ申候故、難, と頼母申候、則右四人の敵申候は、何かたへのき候哉返し候へと、細々言, 加はらんとす、兵部き猶能き首級を獲んとて跡に留まりて戰死す、長兵衞, つかにのき候内に、玉置太郎助久法寺の堤より首一つ取候て、川原へ越, 計存候て色々理り申候故、其方は早々のき候へ、我等跡を致しのき可申, に、太郎助早矢をつかい射かけ候へは、槍を持たる敵のひざかしらに當, の衆の役は加樣の引口には跡を仕候か本にて候由申候と申内に、敵四, 葉を掛申候所は、久法寺と矢尾との川原の内にて御座候、かまいなくし, り、いたをし倒れ申候、頼母槍にて仕あい候へき、太郎助其内矢をつがい、, 渡邊長兵衞延實書上あとを見候得き、矢尾の堤に勘兵衞馬しるしふ, 元和元年五月六日, ノ戰死, 山岡兵部, 渡邊長兵, 衞, 八三四

頭注

  • ノ戰死
  • 山岡兵部
  • 渡邊長兵

ノンブル

  • 八三四

注記 (21)

  • 297,667,59,855き終に勘兵衞の手に加はる、
  • 998,722,67,2159きりへより、敵相き拾間計可有御座候由、則槍にて頼母つきつめ仕候處
  • 1111,717,71,2161候へは、右四人付申候敵と頼母との中ほとへ太郎助參候故、頼母、太郎助
  • 647,725,64,1656太郎助矢をいはなし候へき、槍にてした働申候との事
  • 530,663,69,2213さ〓渡邊長兵衞き、山岡兵部ともろともに川原にて働き、父勘兵衞の手に
  • 1698,716,66,2158人付て參、槍三筋弓一張にて付申候、はや大藏甲へ矢をいつけ申候故、難
  • 1460,722,69,2155と頼母申候、則右四人の敵申候は、何かたへのき候哉返し候へと、細々言
  • 413,662,71,2218加はらんとす、兵部き猶能き首級を獲んとて跡に留まりて戰死す、長兵衞
  • 1231,726,64,2153つかにのき候内に、玉置太郎助久法寺の堤より首一つ取候て、川原へ越
  • 1578,712,68,2161計存候て色々理り申候故、其方は早々のき候へ、我等跡を致しのき可申
  • 881,728,70,2155に、太郎助早矢をつかい射かけ候へは、槍を持たる敵のひざかしらに當
  • 1815,720,65,2146の衆の役は加樣の引口には跡を仕候か本にて候由申候と申内に、敵四
  • 1342,718,68,2155葉を掛申候所は、久法寺と矢尾との川原の内にて御座候、かまいなくし
  • 765,729,66,2162り、いたをし倒れ申候、頼母槍にて仕あい候へき、太郎助其内矢をつがい、
  • 179,736,70,2136渡邊長兵衞延實書上あとを見候得き、矢尾の堤に勘兵衞馬しるしふ
  • 1929,709,44,336元和元年五月六日
  • 390,299,42,117ノ戰死
  • 435,291,42,167山岡兵部
  • 199,292,46,173渡邊長兵
  • 157,294,38,41
  • 1940,2460,40,120八三四

類似アイテム