『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.712

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共、ひし〳〵と下山鑓おつ取て山尾崎へと向申候、赤堀五郎兵衞槍を逆に, 同に立双、ひた〳〵と下敷〓をかたむけ鎗衾を作り待懸申候、其時奧田備, ふりかつき、唯今槍をして見せんとて勇候を、山田外記はたとにらみ、何と, 阿波伊兵衞也と、互に見知こしにて有間、一槍尋常に可參と名乘候と一度, 物頭の片山助兵衞赤地の金襴の羽織ニ金の團扇を腰差にして、鑓提候得, 淺三郎兵衞、金万平右衞門、黒川安左衞門、山田八左衞門飛下り立双候を見、, と續て、赤堀五郎兵衞、片山大助切岸より下へ飛下り申候、寺本八右衞門、湯, 組の足輕大將佐伯治郎太夫早出るそと言を懸、眞先に段之下へ飛下り候, 迄打込候得共、奧田はしらます、ゑい〳〵とおめき候く懸來り候時、又兵衞, 候、依て山田外記鉄炮取よせ、奧田か人數の眞黒にかける眞中へ鉄砲二つ, 之中より、鳥毛半月は慥に山田外記とみるは、かく言は阿波の鳴戸か忰に, に兩方とつと懸り候て、合戰初て、又兵衞足輕大將佐伯次郎太夫〓伏られ、, て預りの足輕をはうたせぬそと申候得共、皆いそかはしさに續足輕無之, 者、山田外記も鉄炮を捨て、鳥毛半月の差物にて十文字手鑓提飛下り、各一, 鑓下にて討死仕候、奧田方阿波伊兵衞も則鑓下にて打レ候とひとしく、奧, 元和元年五月六日, 七一二

  • 元和元年五月六日

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  • 七一二

注記 (17)

  • 1794,637,58,2216共、ひし〳〵と下山鑓おつ取て山尾崎へと向申候、赤堀五郎兵衞槍を逆に
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