『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.417

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うちしりそけ、二町余引取、右の池の堤に、鉄炮をぬをさ努、來る敵をうち, りしとろにて見くるしく候條、御歸候てのほりを御たて候へと申せは、, 御頼可有哉と申て、左衞門佐を歸し申候、其次に上田宗古來り、合戰之次, 左衞門佐、左候はゝ本陣へ可參候、跡を頼と申候へは、大隅を差置誰をか, と存心なり、大隅は南の町はつれ、左の池の堤に鉄炮五十挺ぬせさせ、大, したるは、第一のほりを立さ努、第二には一番合戰仕、昨日の詞に不可違, 第いつゝと申候、龜田申は、昨日申〓く、合戰はかしのゐにて可有、莵角本, つるとむとしく、本陣の幟立申候、大隅後々迄、上田をほめ申候、右兩人返, して藥を込かへさ勢、一町あまり引取候て、石橋にて折しき、亦來る敵を, 見來る、矢頃近々と待かけ、鉄炮の者に言葉をかけ候へは、一度にうり、生, すへ、又二丁余くり引に仕候へは、敵したひ來るを、宮の前にてうちしり, 陣幟立不申候條、急御歸候て御立候得と申て、宗古をも返しける、宗古參, 戰場之習なれは、御心にかけらるへからす候、又跡を見候得は、本陣のほ, 死き不知、二三十騎馬よりうちおとす、敵きさ例とむく、大隅鉄炮を下知, 隅は馬よりおり、敵を相待處に、程なく安松の丁口へ百騎餘、我先にと進, 元和元年四月二十九日, 高綱安松, ニ陣シテ, 敵ヲ待ツ, 四一七

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  • 四一七

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