『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.830

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とらせ申候、敵は味方打を仕候なとゝよはりり申者も御座候、其樣子大, 候、二三間さきにて又馬の上に居申ものを落し、首をは我等小姓に討せ, 申内に、小川三郎右衞門それへ參候間、只今のしかた共見申やと言葉を, はわきにて我等小姓取申候, 藏太郎介兩人一所に有之見被申候、我等は馬からおり申所より前後二, 可申候、左候て後松宮大藏、玉置太郎介兩人それへ被參候、左右敵と入ま, か〓申候、渡邊八左衞門もそれへ參、我等に言葉を懸申候間、右の仕合見, に八尾へ敵の出けれは、引返して是に向ひて血戰して死す、桑名彌次兵衞, 三人若黨十人計付候でて參候、何かに首數七つ其場にて打取申候、内二つ, 介見被申候所にて、又二人〓伏、敵入みたれ居申候故、是も首をは小姓に, しり居申候へ共、敵うろたへ味方と存者も有之躰に御座候、則大藏太郎, 一孝も進み戰ふて死す、此時ともに討死せし者も多し、さて渡邊掃部宗は, 三間のまりりにて、自身四人〓倒し申内、すはだ者は無御座候、我等馬乘, 八尾北口より西へ出て戰ふ、組の士各處に戰ふ、高刑等戰死の後、敵の勢烈, 〔高山公實録〕〓扨左の先鋒仁右衞門高刑は、曉天に道明寺へ押出す、俄, 元和元年五月六日, 〔高山公實録, 等八尾ニ, 藤堂高刑, 戰死ス, 八三〇

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注記 (21)

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