『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.817

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二ツに追切り、長門、長曾我部兩手となし申候, くり出し申敵にて御座候間、御人數立も左まく入不申候、鐵砲足輕をく, も合戰可有之やと存處に、はや首を持通り申候に付、和泉樣もとうみや, と被仰候、扨人數おし候て、足輕をかけ、屋尾より若井へ押通な敵中すし, は、和泉樣被仰候は、左樣にくも足場無之候て、人數立られかたきと被仰, うし口へ御加勢可被成哉と、新七郎へ御談合被成候、新七郎申上候は、御, 上道明寺へは三里御座候、御人數出し申内には、道明寺口ノ合戰は終り, 候、又新七郎申上候は、御人數の立申程足場はや見立申候、其上一騎押に, へ人數くり出し申候、道明寺口にもはや早天より鐵砲の音いたし、何れ, はた先へむかひ申てきを御捨置、道明寺へ御加勢の儀御無用に存候、其, 可申候、御旗先の敵へ他の衆働候はゝ御ふかくになり可申と申上候得, いつかせ、糸きり申ことく、二ツに乘わり可申候、さて兩方へかゝつて働, 可申と申上候得は、よく見屆候やと被仰候、私に御まかせ候得と申すて、, 一先に乘立參り候、和泉樣も、しからは新七郎にまかせ候、よく見合候得, 元和元年五月六日, 謹按、木村、長曾我部の手、乘, たれとも、新七郎は若江二番合, 割たる如くこゝにしるし, 戰なり、後の條にて明白なり、, 良勝進撃, ヲ觀ム, 敵隊中斷, 元和元年五月六日, 八一七

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  • 謹按、木村、長曾我部の手、乘
  • たれとも、新七郎は若江二番合
  • 割たる如くこゝにしるし
  • 戰なり、後の條にて明白なり、

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  • 良勝進撃
  • ヲ觀ム
  • 敵隊中斷

  • 元和元年五月六日

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  • 八一七

注記 (24)

  • 392,703,60,1353二ツに追切り、長門、長曾我部兩手となし申候
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