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ひけれは、石寺申けるは、無子細何れも御同船申そとて、兩方互に舫して、人, 々松井に一禮有、松井又各へ挨拶、畢て後に松井申けるは、石寺殿は、こなた, の舟へ乘給へといひけれは、石寺各へ目禮して、松井か舟へ乘移むとせし, けれは、尾安の徳内左衞門、石寺に對面仕、内々是より可罷出由、近邊の者共, 上旨申けれは、左あらは其程逗留して、各と同道仕歸へきよし申ける、依之, 促可致と有けれは、松井佐渡畏て、人數少々舟にのせ、田部をさして急ける, か鑓印を見付、いかに石寺殿歸り給ふか、各の遲參ゆへ、又某被仰付候とい, と申合といへとも、數人の相談かれ是と遲々仕候、近日宮津へ參、御禮可申, 徳内左衞門催促して、殘る七人の地頭とも、尾安か館に集りて、石寺に對面, 所を、田部衆おもひけるは、扨はわれ〳〵を鐵炮にて打ものよと心得て、尾, か、加佐郡の各を、石寺同船して來けるに、金崎にて行あひたり、松井は石寺, 仕り、田部より舟に乘、宮津をさして漕行ける、宮津には藤孝、松井佐渡に仰, 治めぬる條、加佐郡の各はや〳〵宮津へ出て、禮會可有哉と申遣はしたり, けるは、加佐郡の者ともか遲參せし條、汝早く田部へ參、石寺に逢て、兩人催, 臣石寺治右衞門を、先田部尾安の何某か許へ遣はして、宮津より西北四郡, ヲ招降セ, 郡ノ諸士, 藤孝加佐, ントス, 天正十年九月八日, 五一一
頭注
- ヲ招降セ
- 郡ノ諸士
- 藤孝加佐
- ントス
柱
- 天正十年九月八日
ノンブル
- 五一一
注記 (21)
- 643,636,84,2224ひけれは、石寺申けるは、無子細何れも御同船申そとて、兩方互に舫して、人
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