『大日本史料』 9編 10 永正16年10月-永正17年3月 p.73

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興をあけて、三石の城へ歸りける、, 養寺居陣也、浮田ハ佐々木ノ庶流備後三郎高徳カ後胤也、, 山風強く火をふき付て、本堂も燃上れは、暗夜も晝の〓く、小鹽の勢の陣をてらしけれ, ゝへもなく追立られ、完栗か兵、上月の城まで引取ける、越前は敵の首二十一取て、勝, 同月廿九日、雨ふりて暗夜なるを幸に、ひし〳〵と出立、先八塔寺の山門に火を付ける、, 秋津等をとは軍の相談なかりけれは、以ての外に憤て、秋津は病と稱して己か領知へ引, 郎は八塔寺の山に陣取りて、是は三石の城の北より押寄て攻んとせしに、三石にても是, は、越前か兵、此あかりに所々より敵陣へ思ふ儘に討入、切廻はりけれは、小鹽勢一さ, を聞、眞木越前守に人數をそへて、兵をひそかに八塔寺の邊の民屋に出しかくし置ける、, 同年冬、又政村、三石をせめんとて、此度は諸事謀を浦上因幡守村國にまかせて、完栗・, 〔備前軍記〕乾浦上宗久小鹽へ内通附八塔寺炎上の事, 〔赤松再興記〕永正十六年十二月、浮田能家、三石ノ城爲後卷出張ス、備前國新田安, 赤松政村再ひ三石城を攻らるゝ〓, 上其年の夏四月、小鹽より兵を出し、老臣浦上因幡守は梨子か原へ出張り、完栗作十, ○上, 略, 三石城ヲ, リテ殊戰, 宍粟範高, 攻メント, 八塔寺炎, 老臣等憤, 浦上村國, 宍粟ノ兵, 敗走ス, ヲ偏重ス, 上月城ニ, 上, セズ, 義村村國, ス, 永正十六年十二月三十日, 七三

割注

  • ○上

頭注

  • 三石城ヲ
  • リテ殊戰
  • 宍粟範高
  • 攻メント
  • 八塔寺炎
  • 老臣等憤
  • 浦上村國
  • 宍粟ノ兵
  • 敗走ス
  • ヲ偏重ス
  • 上月城ニ
  • セズ
  • 義村村國

  • 永正十六年十二月三十日

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  • 七三

注記 (33)

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