『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.412

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見は何方に居申哉と尋候へは、石見おやこきおくの坐敷に居申候と申, 者ハ右のめしとり申者をしばり候て、其儘おくへ參、石見としあひ申候, 左衞門は、石見に右のはらさきと右のうてと二ケ所一太刀に手負申候, 候、拙者と次郎左衞門は、右のものに繩をかけ申内に、伊藤吉左衞門組田, 仁左衞門、次兵衞はおくの坐敷へ參候へは、石見とゆきあひ拔あわせ、二, 口を出、庭へ出申候を、二郎左衞門參會、石見かあたまを少きり申候、二郎, 切申候、拙者は右のうて一ケ所、右のひざくち二ケ所、以上三ケ所手負申, 中仁左衞門、西河次兵衞と申ものおくへ參、吉左衞門はうらへ通り申候, 石見は其まゝ出中候て、むかいの家のみせのはしらにもたれ、刀をかた, 左のうでを私うちおとし、又其後左のかたをきり申候、又左のもゝをも, 其屋敷六疊敷と覺申候、此所にて石見と私半時計もたゝきあひ、石見か, 候、其内坐敷へ入申もの一人も無御座候、石見は坐敷の口の方に居申候、, 私は其屋敷のおくの方に居申候てきり合申候所に、石見きりしさりに, 三度たゝきあひ申候、其まゝ兩人之者其場をのき、うら口へ參居申候、拙, 小かつき、其儘死申候事、石見子五郎助と申もの、廿計にて御坐候、是はう, 元和元年五月十四日, 衞石見守, 城井九兵, ト鬪フ, 元和元年五月十四日, 四一二

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  • 衞石見守
  • 城井九兵
  • ト鬪フ

  • 元和元年五月十四日

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  • 四一二

注記 (21)

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