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立とゞまりて、旗を押立て〓ければ、敵も歸され而、徐叩而見へければ、猶侑, とて、左衞門督殿のき給ふ、左衞門督殿も此もんどうにはらを立而、四ツ之, 我おとらじとむかひの原へ押上けれ共、此もんどうがはてざれば、さらば, 給ふ、然處にはじめ寄一手におしたる事なれば、六手の衆は一度にのく、し, つはらいが岡部次郎右衞門尉、二之手があな山衆、三が大久保七郎右衞門, 而、あしがるを出し、てつほうを打かけて、其きおひに酷ずして、禪引のきけ, 天引のけける處に、早頓而先を取きらんとしたりける處に、六手が一度に, おは四萬三千之人數にて、かさ成道を押而、敵を見くだして、先をもぎらん, はずは、何と有而ものく間敷と申はらつていたりけるに、敵はさわを越而、, 尉、四が本田豐後親子、五が石河長度守、六が大すか五郎左衞門尉、是六手が, 一所に成て、五郎左衞門尉を先に押立、だん〳〵に押而のきける所に、氏な, は、我はのく間敷と被申候、七郎右は、左衞門督のき給へ、左衞門督殿のき給, よりも、はやめて押出ス、左衞門督殿は其寄もあとも見ずしてのきはらい, と堪、六手之衆は、樣々取蒐而、雜兵三千之内外にて、敵をかさに見上而、無洞, 比のき給ひしに、陣場に火をうけ而、陣ばらいをし給へば、敵は此由を見る, 撤ス, 忠次陣ヲ, 高等モ亦, 大須賀康, 退ク, 天正十年八月一日, 一七一
頭注
- 撤ス
- 忠次陣ヲ
- 高等モ亦
- 大須賀康
- 退ク
柱
- 天正十年八月一日
ノンブル
- 一七一
注記 (22)
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