『大日本史料』 10編 21 天正2年2月~同年4月 p.300

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

な、我等とおりの者は、何程打死したるとてもくるしからず、大將をする者が、左樣, けぬ、とてものる間敷とてのらざれば、ぢこくうつりてあしゝとて、七郎右衞門尉は、, 久藏手をおひたるか、是にのれとて引立ければ、久藏が云、うつけたる馬之おり處か, 久保七郎右衞門尉、同心の杉浦久藏手をおひてゐたるを見て、のりよせてとつでおり、, に、ほそミちのかけのはたをのきける處に、あとよりにぐる者がさきへとおるとて、, りかゝりてかなぐりとる處を、わき成敵が彌惣をけさがけにきりたおすを、七郎右衞, 七郎右衞門尉はのきたるなり、はやのれとて、とつて引立ゝのせて、我は又はしり付, 七郎右衞門尉をかけへつきおとす、三人の者共が付而とびける處に、犬若があげはの, てうの羽のさし物をもちたるがすてけるに、敵が是をとるお、兵藤彌惣が見て、はし, と云、久藏云けるは、我御身をおろしてころして、我此馬にのりていきても、ゑがと, 申ス、然間七郎右衞門には、兵藤彌惣・小たま甚内、犬若と云小者と三人付、然る處, のらばのれ、いやならば馬をすてよトて、打すてゝのきければ、小だま甚内が立歸而、, に馬ばなれる物か、八満大菩薩、のる間敷と云へば、しきだいは所によるぞ、早のれ, 門尉がとつ而歸して、二人ながらきりふせければ、又、犬若がさし物を取而もちての, 天正二年四月六日, 三〇〇

  • 天正二年四月六日

ノンブル

  • 三〇〇

注記 (16)

  • 1587,632,61,2217な、我等とおりの者は、何程打死したるとてもくるしからず、大將をする者が、左樣
  • 1210,629,60,2237けぬ、とてものる間敷とてのらざれば、ぢこくうつりてあしゝとて、七郎右衞門尉は、
  • 1714,631,59,2213久藏手をおひたるか、是にのれとて引立ければ、久藏が云、うつけたる馬之おり處か
  • 1839,629,60,2232久保七郎右衞門尉、同心の杉浦久藏手をおひてゐたるを見て、のりよせてとつでおり、
  • 706,637,60,2177に、ほそミちのかけのはたをのきける處に、あとよりにぐる者がさきへとおるとて、
  • 329,635,61,2215りかゝりてかなぐりとる處を、わき成敵が彌惣をけさがけにきりたおすを、七郎右衞
  • 958,635,60,2216七郎右衞門尉はのきたるなり、はやのれとて、とつて引立ゝのせて、我は又はしり付
  • 579,636,61,2205七郎右衞門尉をかけへつきおとす、三人の者共が付而とびける處に、犬若があげはの
  • 454,635,60,2214てうの羽のさし物をもちたるがすてけるに、敵が是をとるお、兵藤彌惣が見て、はし
  • 1336,636,59,2214と云、久藏云けるは、我御身をおろしてころして、我此馬にのりていきても、ゑがと
  • 832,633,61,2218申ス、然間七郎右衞門には、兵藤彌惣・小たま甚内、犬若と云小者と三人付、然る處
  • 1085,638,59,2225のらばのれ、いやならば馬をすてよトて、打すてゝのきければ、小だま甚内が立歸而、
  • 1463,641,59,2205に馬ばなれる物か、八満大菩薩、のる間敷と云へば、しきだいは所によるぞ、早のれ
  • 200,636,63,2202門尉がとつ而歸して、二人ながらきりふせければ、又、犬若がさし物を取而もちての
  • 1936,806,42,333天正二年四月六日
  • 1938,2516,39,122三〇〇

類似アイテム